西方見聞録...マルコ

 

 

嫁の堪忍 - 2005年01月02日(日)

 12月29日に斑鳩を発って以来、5日間。ついに長きに渡ったマルコあめでお両実家への帰省(またの名を顔見世興行)も最終日を迎えた。
 
日程的には
12月29日〜30日 熱海泊(マルコ両親と兄一家で宴会)
同 30日〜1月1日(あめでお実家で興行:於三鷹)
1月1日〜2日(マルコ実家で興行:於目白)

 ってなかんじの日程でござった。まあ義理の親と顔を突き合せるのはそれなりにしんどいことなので、平等に2泊ずつ日程を組んで、しかも交互にそれぞれの家族と交流をもつというスケジュールにした。夫がマルコ実家両親に尽くしてくれれば、マルコもめんどくさがってないで嫁業を勤めようという気にもなるし、マルコが楽しくあめでお実家を盛り上げれば、あめでおさんもマルコ実家で意味不明なギャグのひとつも飛ばしてやろうという気にもなるというもの。それぞれの義理の親への興行努力を鼓舞するようなにくい仕掛けの年末年始大移動であった。

 まあそんなわけで、大過なく凄し、あめでおさん実家でも細かいことを言い立てなければマルコなりに楽しい日々を過ごした。ちょっと笑顔が顔に張り付いたような気もするが。

 そして、本日、朝割りと早い新幹線で帰ることにし、マルコ実家を朝9時に出て電車に乗った。家族4人水入らずで電車で座席に座ると「おつかれさまでございました。」「いやいやそちらこそおつかれさまでございました。」と無事の興行終了を寿ぎあう、マルコとあめでお。

 新幹線乗り場には帰省帰りと思われる人々で微妙な込み具合。子連れの人も多く、そこはかとない疲労感と開放感を漂わせる人々に「おつかれさん、おつかれさん。皆さん顔見世興行お疲れ様」と心でエールを送りあう。

、、そんな気分の東京駅新幹線乗り場に!

 あめでお母上が登場したのである〜。

 「会えるかどうかわからなかったけど、大体の新幹線の出発時間はきいてたから最後にお見送りしたくって」

 あめでお母上は決して悪い人ではない。姑としてはなかなか出来た種類の人だと思う。しかしこの登場はいかん。人はいったん弛緩してしまうと再び気を張るのがすごく難しい生き物なのだ。嫁仮面をさっき送った宅急便の中に入れてしまったのでもう愛想笑いは出来ません〜ってかんじで出発までの短い時間を窓の外みて過ごすマルコであった。


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