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■ 虎の威を借る
favorite wordsに書く代わりに、ここで。
「たとえ見たこともないメイクでも、どんなにアンモラルでも、好きだと感じたら、すべてOK。思うままに着こなせばいい。奔放に、純真に、大胆に、誠実に。計算ずくのクレイジーへ。」
これ、アナ・スイのトップページの言葉。 たまたま「メイク」についてのブランドポリシーみたいなものだけど、その言葉だけ外せば、たぶん私もこうあれたらいいなって思うオトナの女のカッコよさだと思う。 「どんなにアンモラルでも、好きだと感じたら、すべてOK」という言葉が特にお気に入り。 実際にはモラルにがんじがらめで、それを大胆に計算ずくで外すのって、かなり難しいだろうけれど。 その分、行動で示せたらカッコいいと思うから。
でもね、実際のアナ・スイ商品については、ちょっと斜めに構えてしまう。 アナ・スイという女性の醸し出す世界観は、すごく好き。 あの薔薇の香りが苦手なのでコスメコーナーには近づけないけど、 ただ見てるだけで幸せになる。
ただ、少なくとも日本では、彼女の言うような“ノー・ルール”じゃなくて、ルールのなかにアナ・スイが取り込まれているような気がするの。 「計算ずくのクレイジーへ」っていうのだけど、その“計算ずく”を、自分で計算するんじゃなく、ブランドが計算してくれるから、あとはそれを身につけるだけでいい、という感じ。 とってもインスタント。 アナ・スイに群がる女の子たちのなかに、アナ・スイだったらなんでも欲しいっていう意識が見えて、気持ちは分かるけれど、それが少し苦手だったりする。
ルールを破るどころか、一般的なルールさえ見出せなくて、まわりを見て猿真似してるだけの自分を棚上げにしてる自覚はある。 皆が持っていれば欲しくなるし、誰もが選ぶものならきっと良い物のはず、と思ってしまうのは、私も同じ。 でも、本当は他人の手垢のついたものなんて、嫌。 欲しい理由、「流行ってるから」とは言いたくない。 実際そうであっても、もしくは無意識に刷り込まれていたとしても、あくまで自分の感性が選んだのだと思いたい。 「個性探し病」には陥りたくないけれど、(半分すでになっているけど) かといって特定の“虎”の威を借る狐にもなりたくないんだよなあ。
高校の友人で、いま服飾系の専門学校で頑張っている子がいる。 当時から、ファッションに限らず奇抜な子で、その個性に負けない美人で、 高校時代は、彼女の奔放さに憧れていた。 それでも。 今、専門学校でもやっぱり一位二位を争う成績だそうだけど、 本人いわく、既成概念を超えるのが難しいって。 既にあるブランド、自分の好きな影響を受けた様々なもの、 姿をなくすほど自分の色に染め替えるのは、大変なことらしい。
手垢がついている個性なんて、本当の個性じゃないのかもしれない。
2002年02月16日(土)
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