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■ ひとりで過ごす
明けましたね。 新しいのがおめでたいかどうかは人それぞれだと思うので、 「おめでとうございます」とは言いませんが。 たったひとり暦に逆らっては生きてゆけないので、 とりあえず私も、世間と一緒に元旦を迎えました。 本当は数週間分、どうにか巻き戻したい気分なんですが。
何年ぶりかもわからないほど、めったにない自宅で迎えるお正月です。 御節もなく、門松もなく。 除夜の鐘は、たぶん夢うつつで聞きました。 卒論を理由に、(ほんとうにやばいんだけど) 祖父母の家へ行くのをボイコットしたので。 猫まで連れて行かれたので、少しさびしい。
年末は、NHKのアラビアンナイトを見ただけで、(案外よかった) 海の上のピアニストは、ビデオにおさめるて我慢したので、 これは卒論が終わってから見る予定。
元旦、のそのそと昼過ぎに起きて最初に食べたのは、おせんべいでした。 あとはお好み焼きの残り。 夕食は少し美味しいものを、と思って、ルッコラをのせたトマトとガーリックのパスタで済ませたけど、明日はさすがに買出ししないと食料が尽きてしまう。
ついさっき「透きとおる骨」を見終わったところ。 いい加減何度目になるんだかわかんないんだから、 今度こそ泣かずに見られるだろうと思ってたんだけど、 無理でした。 ああ。 カスパーより雪の女王さまより、私には伽耶がいちばん食い込んでくる。 卒論が終わって、しばらくジェンダーやらセクシュアリティやらの字は見たくもなくなったときに、友人Rにこれを押し付けてやろう。 伽耶の、自分をありのままで愛そうとする意地っ張りにも近い執念は、どうも彼女を髣髴とさせるので。(あくまで誉めている)
でも今日は、見終わって、むしろ力が湧いた感じ。 泣いたといっても、後味が悪くない。 最初に見たときより少しだけ知恵がついて、 肯定的に見られるようになったのかな。 しんどい思いをするからって、耳をふさいでも仕方がないので。
伽耶の生き方に感情移入をしすぎるのか、すすんでジェンダーに囚われようとする性同一性障害というものに対して、より一層懐疑的になってしまうこのごろ。 よりどころのない身体なり心をそのままに生きるなんてことは難しいだろうし、だからそれは、ジェンダーフリーに憧れる単なる私のエゴなんだけど。
文化とか社会っていうような化け物に食い付かれ、 本来の身体でいることを否定され、結果的に手術を望むように仕向けられたという意味で、身体を奪われた被害者という気がしてならない。 それもまた、切実な現実を否定することになってしまうのかな。
2002年01月01日(火)
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