うさぎ日記
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2013年02月19日(火) 気持ちは嬉しい、とても。。でも

母のもとへ、毎週決まった時間に電話をかけてくださるかたがおられます。

もう、かれこれ2年になります。

そのはじめに、
「昔のことはよく覚えていられるようなので、おかあさんの脳の刺激のために、これから時を決めて電話させていただきたいと思うのですが、御迷惑なら言ってね。」

と、申しだされて「毎週その時間は待機していないといけなくなるし迷惑です。」と言えるひとはいるでしょうか?
母も電話で楽しげに受け答えしているし、私が母を電話に誘導する手間さえ厭わなければ、その方と母に楽しい一時を持っていただけますものね。

そのかたは、その日が祭日、盆暮、正月に当たっても2年間欠かさず、電話してくださいました。
毎週○曜日、午後7時30分。
ところが此処半年ほど、母は食事のほうに気を取られて、「○○さんから電話ですよ。」と、言ってもなかなか立ち上がらなくなりました。

仕方ないので、茶碗とハシを取り上げて、おカズをテーブルの端に移動させて(ハシを取り上げられて手掴みで食べようとするからです。)、
手をとって立ち上がらせ、電話へ誘導します。

最初は明るく「○○さんかねー」と、昔と変わらない声が出ますが、すぐに「うん!」「そう!」「覚えてるよ。」「げんきだよ。」「ありがたいね。」という相槌だけになり、その声のトーンも次第に落ちて、「うん」だけになり、5分ほどで、終了。

このかたの母を想ってくださる気持ちはすごくうれしいし、有り難いのですが、最初電話に出た私に、時々、「あんた、ちゃんと看ているだろうね。」と、いうようなことを言われるのです。
母のことを思う余りだろうし、そのかたから見れば、私はそのかたの子供さんに近い世代ですから、頼りなく見えてしかたないのでしょう。
なので、長年大切に付き合って来た友人が、最晩年を幸福に暮らしているのだろうか、と心配でたまらないそのかたの気持も良く解ります。

しかし、正直、時々、その気持ちが私には負担になることもあります。

何故、負担に思うのか・・・。
そのかた認知症についてあまり御存知ないみたいなんです。
母の状態を説明しようとしても、そのかたの頭の中には
「認知症とはこういうものだ。」という思い込みみたいなものがあって、私をさえぎって話はじめられるのです。

母は、もうそのかたの子供さんのことを覚えていないこと。
いつも「○○さんは、来てくれるの?」と、母に尋ねて、母は
「うん、来るよ!」と答えますが、○○さんは、2年くらい来ていないこと。
そんなことを説明して、母がもう、そのかたの思っておられるよりははるかに記憶レベルが低下していることを知っていただきたいのですが、すぐに「お母さんに代って。」と、言われるのです。

いつか、母の状態に気付いていただけることがあるのでしょうか?

わけのわからない話に、必死に一生懸命相槌を打とうとしている母を見ているのは、哀しい。


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