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■ オリヴァー・トゥイスト/チャールズ・ディケンズ
『オリヴァー・トゥイスト〈上〉』/チャールズ ディケンズ 文庫: 403 p ; サイズ(cm): 15 x 11 出版社: 筑摩書房 ; ISBN: 4480024999 ; 上 巻 (1990/12) 内容(「BOOK」データベースより) 18××年初、イギリスのとある町の救貧院で、一人の男の子が生まれ落ちた。母親は、子どもを産むとすぐ、ぼろ布団の中で息をひきとった。孤児オリヴァーはその後、葬儀屋サワベリーなどのもとを転々、残酷な仕打ちに会う。ついにロンドンに逃れたオリヴァーを待ちうけていたのは狂暴な盗賊団だった…。若いディケンズが、19世紀イギリス社会の暗部を痛烈に暴露、諷刺した長編小説。
『オリヴァー・トゥイスト〈下〉』/チャールズ ディケンズ 文庫: 390 p ; サイズ(cm): 15 x 11 出版社: 筑摩書房 ; ISBN: 4480025006 ; 下 巻 (1990/12) 内容(「BOOK」データベースより) 主人公の孤児オリヴァーの運命の星は、いっそう酷薄に、光を失ったままである。盗賊団の仲間ビル・サイクスに従って強盗に出かけた夜、オリヴァーは瀕死の重傷を負って仲間に置き捨てられる。かろうじて篤志なメイリー夫人に救われたオリヴァーの運命はしかし二転三転して…。『ピクウィック・クラブ』でユーモア作家として成功したディケンズが、ジャーナリト的立場をとって挑戦した初の社会小説。
※画像は原書 『Oliver Twist』 (Penguin Popular Classics)/Charles Dickens
<上巻>
ブッククラブの課題であるディケンズの『オリヴァー・トゥイスト』の上巻をやっと読み終えた。ううう〜ん、やっぱりディケンズだなあ・・・。読むのが面倒。日本語でも、読むのに手間取る。
それでも、『大いなる遺産』とか『二都物語』などに比べたら、まだ読みやすいほうなんだろうけど、しつこいほどの情景描写の書き込みが、ディケンズの特徴か。時代が時代だからと言ってしまえばそれまでなんだけど、彼独特のユーモアや風刺が、面白くない。いや、面白い部分もあるんだけど、時代に合わないというんだろうか。登場人物がみな馬鹿に思えてしまって、感想を何と言っていいのやら、だ。
もちろん、登場人物が馬鹿者に描かれているのは、ディケンズ独特の痛烈な風刺で、馬鹿に見えてもいいわけなんだけど、それにしても、イギリス人てこんなに馬鹿なの?って感じがしてしまう。オリヴァーは、これでもかというくらいにいじめられるし、それが、レモニー・スニケットの<不幸な出来事シリーズ>のように笑えるものではないのだ。何度も死にかけるほどの、本当のイジメなのだから、笑ってはいられない。
この本は分冊で出版され、好評を博したものなのだが、その出版形態を真似したのがスティーヴン・キングの『グリーン・マイル』。ディケンズも当時は大衆小説の作家だったわけで、同じくエンターテインメントのキングに通じるところはあるんだろうけど、だからといって、分冊にして儲けようというキングの主義は、賛成できない。それでも売れる公算があるからそうするんだろうし、キングほど売れている作家でなくてはできない形式ではある。
でも、ディケンズはほかに『デヴィッド・コパーフィールド』と『荒涼館』が残っている。どちらも4巻ずつ。ジョン・アーヴィングがディケンズファンなので、きっと面白いに違いないと思い込んで買い揃えたのだが、正直言って、個人的には好みではないなあ。そのうちどれか面白い作品に当たるだろうと期待しては、毎回こんなはずじゃなかったと思う。
アーヴィングもそうだが、詩的な描写を連ねるのではなく、きちんとした文体で、詳細に書き込む作家というのは好きなのだが、ディケンズはどうも合わない。『二都物語』の翻訳をした中野好夫さんでさえ、「昔はこんなのを教科書に使っていたんだから、ひどかった」なんてことを言っているくらいだから、これで英語の勉強をしようなんて、間違っても思わないほうがいい。もっとも、『オリヴァー・トゥイスト』は、『二都物語』よりも数倍面白いとは思うけど。
<下巻>
やっとディケンズの『オリバー・トゥイスト』を読み終え、ずっと悶々としていた気分がすっとした。ディケンズは、Dover とか Wordsworth といった安い出版社で原書を揃えてあるのだが、おそらく一生箱入りのままお蔵入りなんだろうな・・・と思ったら、クラっときた。
『オリヴァー・トゥイスト』そのものが面白くなかったわけでもないのだが、日本語でも面倒だなと感じた文体を、原書で読むなどという難儀なことができるかしら?と、ぐうたらな私は即座に思うわけである。書き込まれた文章というのは好きだけれども、ディケンズはどうにも面倒。
それでも、翻訳が絶版になっているものの場合は、どうしても読みたければ原書しかないわけで、『Pickwick Papers』なんかは、やっぱり読んでみたいと思うし、どうしてまだまだ捨てるわけにはいかない。翻訳の出ていないものもあるし、アーヴィングが心酔しているディケンズだから、何とかもう少し付き合おう。
とはいえ、ディケンズの作品は、どれもこれも翻訳が良くないのでは?という思いが捨てきれない。『オリヴァー・・・』も、けしてひどい翻訳というわけでもなく、時代とか作家の癖を考えれば、こういう風になるのだろうなとは思うものの、もう少し日本語がなんとかなっていたら・・・と思わずにはいられない。そういう意味でも、箱に入ったままの原書も、そのうち機会があれば、読むべきだろうとは思っている。
肝心の内容のほうだが、風刺小説なので人物の性格がかなり誇張されて書かれているとは思うのだが、「風刺」という前提があるにも関わらず、最後はすべての善人は幸せに、悪人は地に落ちるといった感じで、なにやらあっけない感じもする。生まれたときから虐げられていたオリヴァーが、最後まで苛め抜かれる世にも不幸な結末というわけではなかった。
そこまでしたら、ディケンズも「クリスマスのおじさん」とは呼ばれなかったことだろう。しかし、同時代の作家エリザベス・ギャスケルも、ワンマン編集長だったディケンズと喧嘩をしているくらいだし、人間的にはとても立派な人物というわけでもなかったようだ。ただ、自分も子どもの頃から悲惨な貧乏時代を送ってきたため、貧乏人に対する社会の冷酷さや理不尽さについては、一言も二言もあったに違いないと思う。そういう部分では、『オリヴァー・・・』は、そういった社会悪を鋭く描いているのだろうと思う。
ああ、そうだ!なぜディケンズが好きになれないのかな?と考えたところ、悲惨な話を、妙に喜劇じみた状況(いかにもイギリス的な喜劇)として描いているところが好きではないのだろうと思ったんだっけ。
『オリヴァー・・・』の場合、レモニー・スニケットの<不幸な出来事シリーズ>に設定が似ているとも言えるが(というか<不幸・・・>のほうが『オリヴァー・・・』に似ているのだろうけど)、イギリス的感覚と、アメリカ的感覚の違いか、はたまた作家の性格の違いか、その喜劇の感覚がディケンズのほうはどうもしっくりこないのだ。
2005年02月14日(月)
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