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■ 新ターミネーター2─最終戦争(上・下)/S.M.スターリング
内容(「BOOK」データベースより) 南極の死闘から帰還したジョンとディーターはふたたびサラと合流し、アラスカに潜伏していた。なにもかもが終わったかに見えたが、世界中で車で暴走する奇妙な事故が多発しはじめる。スカイネットの関与を疑うサラだが、ウェンディを失った悲しみの癒えぬジョンは耳を貸そうとしない。だが、やはりスカイネットは生きていた!人類殱滅を目論むラッダイトの人間を操り着々と準備を進めていたのである。くしくも自らの手でその命を吹き込んでしまったことに気づいたジョンはふたたびサラたちとスカイネット打倒に立ち上がる。が、時すでに遅し、ついにジャッジメント・デイは起きてしまう。軍を掌握したスカイネットが核爆弾を投下、人類は激減させられた。果たしてジョンは人類の未来を救えるのか、存亡をかけた最終戦争が始まる…。
内容(「BOOK」データベースより) サバイバリストらジャッジメント・デイを生き抜いた人間を指揮し、レジスタンスとしてスカイネットに対抗すべく活動を始めたジョン。だが、依然として状況は過酷だった。スカイネットはターミネーターの開発に専念する一方で、狂信的なラッダイトたちに軍の兵士を装わせ、生き残った人間を避難施設への移住と偽って劣悪な収容所に寄せ集めていた。そこで人為的にコレラを蔓延させ、核戦争に続く第二の人類抹殺計画を進めていたのである。だが、その収容所を脱出した若き看護婦と陸軍兵士がいた。メアリー・シェアとデニス・リース…のちにジョンの父となるカイル・リースをこの世に誕生させることになるふたりである。ふたりはジョンの仲間であるレジスタンス部隊に合流、運命の輪が静かにまわりはじめていた…。
最初、「新ターミネーター2」シリーズは、映画「T3」に至るまでの話かと思っていたのだが、「T3」は飛び越えて、最終戦争が起こってしまう。この「最終戦争」では、核が落とされたあとの世界を描いている。
コナー親子とディーター、および彼らの話を信じた仲間たちは、スカイネットの引き起こした核戦争を生き延びる。スカイネットの目的は、人類を絶滅させることで、そのため、生き残った人類を収容所に集め、飢餓や疫病で殺そうとする。劣悪な環境の悪臭、死体の腐臭、そうした無残な光景が描かれる。
だが全世界に手を伸ばしたスカイネットも、結局は人間の手を借りなければ、ことが進められないのだ。そのスカイネットの信奉者は、ラッダイト(反機械主義者)たちだった。彼らは最初、テクノロジーに反対していたはずだが、徐々にその思想をねじ曲げていき、人類が滅亡し、選ばれた少数の人間だけが生き残れば、地球は救われるのだという恐るべき考えになっていった。それがスカイネットの目的と一致したため、スカイネットの手先となって働くのだが、最終的には彼らもスカイネットに殺されていく。
コナー親子をはじめとする、生き残ったレジスタンスたちは、スカイネットのプログラムを研究し、次々に送り出されてくるターミネーターに対処すべく武器を調え、ついにスカイネットを破壊する。自我をもったスカイネットではあるが、人間の予測不可能な行動に、ついに屈したのだ。
だがその前に、偉大なる指導者ジョン・コナーの母親、伝説のサラ・コナーを殺すため、ターミネーター(T-800、T-1000、T-X)を過去へ送る。ジョンは、いよいよ時が来たことを悟り(この時ジョンは42歳)、自分の父親になるはずのカイル・リースを、そしてディーターにそっくりな、「T2」で「ボブおじさん」となる、プログラムをし直したターミネーター(T-800)を過去へと送り出す。この時間のパラドックスを考えると頭が痛くなるが、こうしてまた話は元に戻って、何度も何度も繰り返されるのだろうか?キリがない。
そう、この話はまったくキリがないのだ。時間軸を変えて考えれば、どんなふうにでも話は作れるわけで、「T4」「T5」・・・と、延々と続けていけるのだ。でも、やっぱりターミネーターはシュワちゃんでなきゃ迫力がないわけで、その生身のシュワちゃんは、過去に戻ることはできないのだから、マシンがよぼよぼになってしまっては、どうにも具合が悪いだろう。この話の中でも生身のディーターは、年とともに衰え、たくましかった筋肉もしぼみ、怪我も治らず、といった具合だ。
そして、このターミネーターの話は、ジョンにとっての「その時」が来るまでを想定していたわけだが、その時が過ぎた今(小説の中で)、彼らは今後どう生きるのだろう?サラが口癖のように言っていた言葉を思い出す。
「運命とはみずから切り開くものだ」
これはサラからジョンに、ジョンからカイルへと伝えられた言葉だが、再び過去に戻って、カイルからサラへと伝えられている。
それにしても、このシリーズは面白かった。映画をノヴェライズしているわけではないから、ストーリーも結末も新鮮で、どうなることかとドキドキわくわくしながら読めた。文学とは言えないだろうが、作者のスターリングは完璧にエンターテインメントに徹していて、とことん楽しませてくれた。読む前は、どうせよくあるノヴェライゼーションの類で、くだらないんだろうと思い、6巻まで読めるかどうか、途中で飽きてしまうんじゃないかと思っていたが、読み終えるのが惜しいと思うくらいに面白かった。別にシュワちゃんファンでなくても、十分に楽しめると思う。
2004年02月17日(火)
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