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 20世紀アメリカ短篇選(下)/大津栄一郎(編・訳)

内容(「BOOK」データベースより)
本巻には、ナボコフ以下、戦後に活躍した作家たちの作品を収める。現代アメリカを代表する作家たちによって表現された現代アメリカ社会の諸相。

目次
ランス(ウラジーミル・ナボコフ)
ある記憶(ユードラ・ウェルティ)
ユダヤ鳥(バーナード・マラマッド)
父親になる男(ソール・ベロウ)
動物園で(ジーン・スタフォード)
木・岩・雲(カーソン・マッカラーズ)
笑い男(J.D.サリンジャー)
バーンハウス心霊力についてのレポート(カート・ヴォネガット・ジュニア)
ミリアム(トルーマン・カポーティ)
ゼラニューム(フラナリー・オコーナー)
暗夜海中の旅(ジョン・バース)
黄金の雨(ドナルド・バーセルミ)
別居(ジョン・アップダイク)
たいへん幸福な詩(フィリップ・ロス)


<気にいった作品についての感想>

●「ランス」/ウラジーミル・ナボコフ

これを読んでがーん!と来た。2冊ばかりアン・ビーティを読んだあとだったせいもあるが、なんて想像力豊かで典雅な文章なのだろうと思った。

タイトルのランスとはランスロットの略称だが、中にアーサー王や騎士たちの記述もあることから、間違いなくアーサー王物語のランスロットからとられた名前だろう。こういったことは文章やプロットには直接関係がないものの、個人的な好みにはまる大きな要因。

結末は一体何を言っているのかよくわからなかったものの、こういう文章を読んでいるだけで、非常に気持ちがいい。


●「ユダヤ鳥」/バーナード・マラマッド

これはすでに英文を読んでいるのだが、日本語で読んで再びすごい話だなあと思った。マラマッドはユダヤ系で、この話もタイトルが示す通り、ユダヤ人差別の話。直接そういったことを書いているのではなく、ユダヤ鳥をユダヤ系の人間と見たてて、最後には殺してしまう。この鳥と人間のやりとりの中にも鋭い批判が含まれていて、なおかつ結末は悲劇的であるにもかかわらず、納得できてしまうところに屈折した社会の恐ろしさが現れていると思う。

マラマッドの書き方は、私が常々短篇はこうであってほしいと思っているようなもので、作者の言いたいこともよくわかるし、結末も鮮やかだ。数少ない「短篇を読みたい」と思う作家の一人になるだろう。


●「父親になる男」/ソール・ベロウ

これはコメディなんだろうか?ともあれ、私はなんだかおかしくて笑えたのだが、フィアンセの家に食事に行くまでの道すがら、周囲を仔細に観察しながら、あれこれ思いをめぐらす男の話で、普通に買い物ができる自分を幸せだと感じ、フィアンセへのおみやげも大判振るまいしたかと思うと、今度は電車の中で隣に座った男がフィアンセに似ていることに気づき、自分の息子の将来の姿ではないか、いや息子そのものであるなどと本気で思い込み、ということは彼女の父親(主人公はこの父親を憎悪している)にも似ているということだから、なんて嫌なことはだろうと思いつつ、しかし息子の父親は自分であるわけなので、なんと不幸なことだろうかと落ち込む。

彼女の家についてからも、あれこれ荒捜しをして、機嫌の悪さに拍車がかかる。しかし、彼女は手馴れたもので、髪がぬれているからシャンプーをしてあげましょうというのだ。そうしてもらっているうちに、暖かいお湯によって心が和み、気持ちは彼女への愛情でいっぱいになり、それがあふれ出てくるといったような成り行き。

よくもまあ、空想たくましく思い込むものだが、女のほうが一枚も二枚も上だったということだろうか。言葉ひとつでそれまでの過剰なまでの思いこみによる不機嫌が直ってしまうなんて!というわけで、これも面白かった。ベロウは元来が長編小説家で(ポール・オースターもベロウの小説を引用したり、参考にしたりしているらしい)、短篇は珍しいのだが、これは予想外に面白かった。


●「動物園で」/ジーン・スタフォード

これは短篇というには少し長すぎるくらいの分量の作品だが、これはすごく面白かった。語り手の観察眼が鋭くて、冒頭の動物園の動物の描写が素晴らしいし、登場人物や状況が逐一眼に浮かんでくるようだ。ずっと動物園の話というわけではなく、実は悲しく不幸な、それも不幸極まりない姉妹の子供時代の話(人生とは本質的にたたきのめされ、失望させられ、詐取されることなのだという信条を植えつけられている)で、それがレモニー・スニケットの<不幸シリーズ>を思い出させて、ひどく不幸な話をしているのに、どこかユーモラスだ。書き込みも細かく念入りで、言葉の使い方も上手い。最後はどういうことだろう?という疑問も残るけれど、非常に面白かった。


●「ミリアム」/トルーマン・カポーティ

短編集『夜の樹』で、川本三郎氏の訳でも読んだが、これは何度読んでも不気味。特に「得体の知れない子ども」という物体は、この話に限らず怖い。にっこり笑ったりする描写があったりすると、さらに怖い。登場する少女の名前がミリアムなのだが、主人公のミセス・ミラーもミリアムという名前なので、川本氏はドッペルゲンゲル(分身、影法師)を描いたものだとしているが、私には単純にお化けものとしか思えなくて、何度も怖い思いをしている。ドアを「開けてー!」と叩いているところなど、想像しただけで怖い。何度読んでも怖いと思う。

この本の編・訳者である大津栄一郎さんは解説で、カポーティは「巧みな技巧、達意の文章、しばしば展開するファンタジーの世界に作風の特長がある」と書いているが、簡潔にして的確な批評だと思う。今まで、なぜカポーティが好きか?と聞かれて、うまく答えることができなかったのだが、そうだ、こういうことだったのだと納得した。<イノセント・ストーリー>の心温まる話ばかりがカポーティではないし、ではなぜ好きかと言ったら、大津氏の言うとおりなのである。


●「ゼラニューム」/フラナリー・オコーナー

オコーナー(オコナー)が、アイオワ大学創作科での卒業制作で書いた作品。
アメリカ南部の田舎からニューヨークに引っ越してきた老人が、向かいの窓にゼラニュームの鉢が出されるところを毎日見ているという話。そこから展開して、南部と北部での黒人についての考え方の違いとか、田舎と都会の隣人とのつきあいの違いなど、老人のとまどいがやがて極限にまで達する様子を描いている。

田舎と都会の違いというのは理解できるが、黒人についての考え方が、南部と北部でこんなに違ったのかと改めて思った。南部では黒人の使用人も家族として扱っているから、もっと温かな目で見ているのかと思ったら、意識の下では人間とも思っていないようなのだ。そういった昔の南部人の感覚がリアルに描かれていて、非常に興味深かった。

2003年11月28日(金)
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