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■ バゴンボの嗅ぎタバコ入れ/カート・ヴォネガット
内容(「MARC」データベースより) 再婚した前妻の家庭を訪れ、世界遍歴の土産話を自慢げに語る男を待ち受ける意外な落とし穴とは…。男の悲哀をユーモラスに描く表題作ほか、笑いと文明批判の精神に満ちた23篇を集めた短編集。 目次 死圏/記憶術/お値打ちの物件/パッケージ/才能のない少年/貧しくてゆたかな町/記念品/ジョリー・ロジャー号の航海/カスタムメードの花嫁/野心家の二年生/バゴンボの嗅ぎタバコ入れ/パウダーブルーのドラゴン/サンタクロースへの贈り物/無報酬のコンサルタント/あわれな通訳/女嫌いの少年/自慢の息子/恋に向いた夜/夢を見つけたい/駆け落ち/2BR02B/失恋者更正会/魔法のランプ/雑誌記者としてのキャリアに関する結び
カート・ヴォネガットは、七年ぶりに書き上げた長編『タイムクエイク』のプロローグで、その作品を“わたしの最後の本”と呼び、事実上の断筆を表明しました。それから二年後、パトナム社から Bagonbo Snuff Box の題名で刊行されたのが本書です。といっても、先の断筆宣言と矛盾するわけではありません。本書は新作ではなく、1950年代から60年代初めにかけて雑誌に発表されたまま長らく埋もれていた作品を、洩れなく集めたものなのです。 (中略) 若き日のヴォネガットの作品を集めた本書は、先に早川書房から出た『モンキー・ハウスへようこそ』の姉妹篇といえるでしょう。先の短篇集では全体の3分の1強を占めていたSF・ファンタジー系の作品が、今回は「死圏」と「2BR02B」の2篇だけなのがちょっと淋しい点を除けば、スイートなラブ・ストーリイ、オチのきいたホラ話、新旧世代の対立を温かく描いた人情話、実体験にもとづく戦争のエピソードなど、バラエティゆたかな構成と、熱のこもったまえがきとあとがき(特に“短篇小説八つのルール”は必読!)が、この作家の新作を読めなくなった渇を癒してくれます。
─「ヴォネガット作品のルーツ」翻訳者・浅倉久志
<ブックリスト書評>
ヴォネガットの文学的なルーツがここにある。この一連の短篇を読むと、戦争の残酷さをただの思い出話に変え、テクノロジーを進歩の同義語にしようとひたすら腐心していたあの時代の空気があざやかによみがえってくる。臆面もないほど寓話的なこれらの作品は、ほろ苦いもの、スイートなもの、センチメンタルなもの、滑稽なものとさまざまだが、穏やかに現状打破を唱えている点では共通している。・・・控え目なユーモアと、いい意味の古風なモラルをたっぷり含んだヴォネガットの短篇は、辛辣であると同時に優しい。
<短篇小説八つのルール>
(1)赤の他人に時間を使わせた上で、その時間はむだではなかったと思わせること。
(2)男女いずれの読者も応援できるキャラクターを、すくなくともひとりは登場させること。
(3)たとえコップ一杯の水でもいいから、どのキャラクターにもなにかをほしがらせること。
(4)どのセンテンスにもふたつの役目のどちらかをさせること─登場人物を説明するか、アクションを前に進めるか。
(5)なるべく結末近くから話をはじめること。
(6)サディストになること。どれほど自作の主人公が善良な好人物であっても、その身の上におそろしい出来事をふりかからせる─自分がなにからできているかを読者にさとらせるために。
(7)ただひとりの読者を喜ばせるように書くこと。つまり、窓を開け放って世界を愛したりすれば、あなたの物語は肺炎に罹ってしまう。
(8)なるべく早く、なるべく多くの情報を読者に与えること。サスペンスなどくそくらえ。なにが起きているか、なぜ、どこで起きているかについて、読者が完全な理解を持つ必要がある。たとえゴキブリに最後の何ページかをかじられてしまっても、自分でその物語をしめくくれるように。
ジョン・アーヴィングの先生ということで興味を持っていたにすぎないヴォネガットだが、また作品も本書のほかには『タイムクエイク』しか読んでいないので、ヴォネガットという人について語るのは早すぎると思うが、本書のまえがきやらあとがきやらも含めて、読んでいるとなんだか胸が熱くなる思いがし、こんな人に教わったアーヴィングをうらやましいと思った。
翻訳者の浅倉氏は、ヴォネガット77歳の時の自宅の火事の件について、「あのドレスデンの大空襲を生きのびたほど運の強い人だから、そう簡単にはくたばらないだろうとは思っていた・・・」と書いているが、すでに80歳を越えたヴォネガットであるから、万が一、彼が亡くなるようなことがあったら、私は泣くだろう。世の中にはこんな人が必要なんだと強く思う。辛辣な風刺やユーモアの裏に、ニセモノでないホンモノの優しさが潜んでいて、文章を読んでいると、こちらの気持ちまで優しくなってくるのだ。
本書は、昨今の「日常の断片を切り取ってそのまま投げ出した」ような短編とは違い、起承転結があり、必ずオチがある安心して読める物語で、近頃の短編を読んでいて感じる、身の置き所のないような感覚には無縁の面白い話ばかり。SF系の話では、ふと星新一のショート・ショートを思い出して、懐かしい感じもした。それもそのはず、本書はヴォネガットが若い頃に雑誌に書いていた作品を集めたものだから。それでも全く古さを感じさせないというのは、素晴らしいことだと思う。せめて100歳まで長生きして、断筆宣言など知らん顔で取り消して、何でもいいから書いていてほしいと思う。
「ヴォネガット先生、あなたに神のお恵みを!」
2003年08月04日(月)
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