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 ピッツバーグの秘密の夏/マイケル・シェイボン

シェイボンの処女作『ピッツバーグの秘密の夏』(The Mysteries of Pittsburgh)は、1984年にピッツバーグ大学を卒業後うつったここのクラス(カリフォルニア大学アーヴィング校のワークショップ)で書かれた作品である。教授が感銘を受けて、ニューヨークのエージェントに原稿を送ったところ「まちがいなく売れる」と太鼓判を押してきた。

ひと月後、エージェントは絶対確信を持ってオークションに出し、ウイリアム・モロウ社に版権を売った。およそ10社が競い合い、15万5千ドルの前金がシェイボンに支払われた。この額が、23歳のまだ学生である、全くの新人に支払われるべき前金としては異例の高額であることは、たとえば85年に出版され話題になったブレット・イーストン・エリスの『レス・ザン・ゼロ』に支払われた前金が5千ドルと聞けば、なるほどとうなずけるのではないかと思う。

<やっかいな文体>
翻訳にとりかかる前に読み始めたときには、面白くて一気に読めたのに、当然ながらイザ訳すとなるとけっこうやっかいな文体ではあった。前述のロスの雑誌(ロサンジェルス・タイムズ・マガジン)にも「注意深い読者なら、作品の”ぼく”が使うボキャブラリーについていくためには辞書を脇に置いて読まなくてはならないだろう」とあったから、英語国民にして、そうかと安心したりもしたものだ。まだ23歳の彼が引用する世界と名前の幅が広いのに感動もした。ロック・スターなら分かるが、エマ・ボヴァリーやオスカー・ワイルド、チャールズ・ブコウスキーといった固有名詞やダンテの『神曲』からの引用などがぽんぽん登場する。何しろシェイボンはプルーストを全巻フランス語で読むほどの教養人としても知られているそうだ。原題の The Mysteries of Pittsburgh はウージェーヌ・シューの古典的大衆小説『パリの秘密』(Les Mystere de Paris)から引用したものらしい。

主人公アート・ベクスタインは、ナルシストで過敏だ。一見ひ弱なこのタイプはたいがいもてないはずなのに、読み進む内に主人公への愛着を感じてくる。男と女の両方と、情熱的にセックスをするバイセクシュアルの主人公に対して、読者は不快感よりも、男女共に自分の青春をオーヴァーラップさせて共感に浸れてしまうところが、この小説の魅力のような気がする。

―以上訳者あとがきより


シェイボンの作品は感想を書くのが難しい。

ぼくはアート、彼はアーサー、彼女はフロックス。そして、ぼくのパパはギャングだ。アートは大学の夏休みをピッツバーグで過ごしている。図書館でアーサーと知りあい、フロックスを紹介されるが、フロックスが好きなのか、アーサーが好きなのか?フロックスとも関わりを持ちながら、アーサーともベッドを共にする。どちらも嘘偽りのないぼくの気持ち。そしてぼくに多大な影響を与えるクリーブランドがいる。彼は見知らぬ大人の世界を知っている。だがその世界は、父親の傘下にあるものだった。危うい恋愛の模索と、関わりたくなかった父親の世界に足を踏み入れつつ、ピッツバーグの夏は過ぎて行く。

シェイボンが学生時代に書いたこの作品は、やはり学生らしさがあふれていて、おぼっちゃまの夏休みといった感じ。どっちつかずの恋愛や、大人の世界への憧れ、そこに足を踏み入れる怖さ、そういった感情がごちゃ混ぜになっていて、何がいいたかったのかと言うより、こんな夏休みを過ごしましたという感じの話。博識のシェイボンらしく、随所にそういう描写が出てくるのだが、煙をはき出す工場を「クラウド・ファクトリー」と表しているところなど、『悩める狼男たち』で堪能させてくれた、言葉の錬金術師的片鱗を見せている。



2003年06月15日(日)
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