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■ 息吹、まなざし、記憶/エドウィージ・ダンティカ
Amazon.co.jp カリブ海に浮かぶ大きな島イスパニョーラ島を、ドミニカ共和国と二分する国ハイチ。「息吹とまなざしと記憶がひとつになる土地」ハイチに生まれた母と娘の物語だ。
主人公ソフィーは12歳のとき、顔さえ覚えていない母といっしょに暮らすために、生まれ故郷の貧しい村からニューヨークへ出て、思いがけない事態に直面する。恋人ができたとき、母から処女膜検査を受けることになったのだ。そんなことに耐えられないと家を飛び出すソフィーだったが、母が故郷ハイチを出る前に受けた無惨な体験を、少しずつ娘も理解するようになる。
ニューヨークへ渡っても、母の無意識のなかに蓄えられた、いまわしい記憶は消えることがない。そんな母への愛憎相半ばする感情に戸惑いながら、生まれたばかりの娘を抱いてハイチへ帰郷したソフィーを待っていたのは…。ストーリーは悲しい結末を迎えるけれど、一気に読み終えたあとに不思議な解放感が残る。
ハイチはヨーロッパの植民地として過酷な体験をもち、早々と革命による独立は果たしたものの、いまも不安定な政治や経済状況に苦しむ国で、著者はそれを「悪夢が家宝のように何代にもわたって受け継がれる国」と呼ぶ。
ダンティカは1969年生まれの、才能あふれる若い作家。文字をもたない女たちが、ハイチの民衆言語クレオール語で夜ごと語り継いできた物語を聞きながら育った。幼いときに耳にした「物語る声」が体中にぎっしり詰まっている。その声の世界に文字を与え、多くの読者に開いてみせることのできる作家だ。暮らしのなかの辛苦、女や力なき者にふるわれる暴力といった、旧植民地社会にいまも残る悪夢を解毒する「語り」の力を、とことん知っている作家でもある。
2作目の短編集『Krick? Krack!』(邦題『クリック?クラック!』)で全米図書賞の最終候補にもノミネートされた大型新人。98年9月には『The Farming of Bones』も出版。2001年1月には初来日を果たした。(森 望)
前に読んだ『クリック?クラック!』もそうだったが、ダンティカには、読み終えるまで本を閉じさせない不思議な魔力がある。本書には、悲痛な出来事が描かれているのに、どんどんページをめくらせる。一言で言ってしまえば「面白い」のだけれど、読後は胸が痛い。現実の今の生活の中にハイチの昔語りが加わって、独特の雰囲気をかもし出すダンティカの世界は、やはり魔法がかかっているような不思議な魅力に溢れている。
2003年05月26日(月)
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