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 マーティン・ドレスラーの夢/スティーヴン・ミルハウザー

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「昔、マーティン・ドレスラーという男がいた」。これ以上ないと思えるほど、簡潔で力強い書き出しが目を射る。19世紀末から20世紀初頭のニューヨーク、葉巻商の息子に生まれ、ベルボーイからホテルの経営者に登りつめた男。それがこの小説の主人公だ。では、本書はアメリカン・ドリームの物語なのだろうか?

たしかに半分はそうである。なぜならこれは「夢」に関する物語だからだ。当初、いかにも現実の歴史に沿うよう展開していた出世譚は、マーティンのホテルが次々と建造されるにつれてゆがみ、やがて夢幻のごとき色彩を帯びてくる。ホテルの内部には、森や滝、本物の動物が走り回る公園、キャンプ場、はては地底迷路などという、現実には考えられないたぐいの施設が増殖、それに歩調を合わせて地下へ地下へと層も広がってゆく。ついにマーティンは、それ自体でひとつの社会と化したかのような巨大ホテルをつくり上げるが、あまりにも常識を凌駕していたため世に理解されず、その絶頂にもかげりが訪れる――。

きわめて独特な物語世界だが、圧巻はホテルの描写だろう。輪舞のように次々とつづられていく奇怪ともいえる施設の数々。読み進むうち、いつしか読者はもうひとつの世界を築く快楽に加担している。アメリカの歴史を借りて紡ぎだされた夢幻境。それこそ、著者が創造しようとしたものにほかならない。著者は本書によってピューリッツァー賞を受けているが、そうした栄誉すら、この作品の前では幻のごとく色あせてしまう。まことに恐るべき怪作である。(大滝浩太郎)

グレイス・ペイリーの短編集『最後の瞬間のすごく大きな変化』の村上春樹の翻訳を読んだあとなので、ミルハウザーの長編『マーティン・ドレスラーの夢』は、すばらしい翻訳に思えた。もちろん柴田元幸訳。やっぱり村上春樹と柴田元幸では、比較にもならない。

ミルハウザーの本は、『三つの小さな王国』を持っていて、いつも冒頭だけ読んだあたりで、他に読みたいものが出てきてしまうので、ついつい後回しになっていた作家。

ピュリッツァー賞受賞ということで、いろいろ小難しい解説もあるが、柴田さんの解説はいつものように淡々としており、読者に下手な先入観を植え付けるものではないので(私は解説やあとがきを先に読むタイプ)、それによってものすごく期待したというわけではなかったが、ミルハウザーの独特の世界が味わえたと思う。特に、登場人物の名前が独特で、ちょっと古めかしい響きが非常に気にいっている。

ただし、物語としてはすごくお気に入りというわけではなく、春樹訳のグレイス・ペイリーを読まずに、いきなりこれを読んでいたらどうだっただろうか?という疑問は残る。ミルハウザーも細部を書き込むタイプのようで、そういう一部分は、個人的には退屈だったりもした。

しかし、グレイス・ペイリーを柴田さんが訳していたら、どうだったかなあ・・・と思わずにはいられない。もちろん途中からは柴田さんが手伝っているわけだけど、柴田元幸訳として出るのと、村上春樹訳として出るのでは、おのずと手伝うほうだって、翻訳に対する心がまえが違うだろうし、見解の相違があっても、一歩引くのは間違いないだろうと思う。


2003年04月22日(火)
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