あなたが云うのか

 プールに入るとき、当然ながら私は裸眼なので、ほとんどものが見えません。
 おぼろげなシルエットを頼りにしています。普段眠る直前までコンタクトや眼鏡を手放さないので、本来の視力が如何に覚束ないかということ改めて思い知らされずにはいられない。
 それでなくてもみなさんラに近い姿ですよね。私もですけれど。
 どこを注視していいものやら、いつも困る。なにも注視できるわけがないのだけれど。
 普段から「どこを見ているのか」「なにを見ているのか」とよく聞かれる。なにかを見ているように見えたとしても、ジッサイなにかが見えているとは限らないのにね。



 たまに私がぐだぐだと考えていたことを一笑に付す言い方をされることがあります。
 「あんた、ほとんど日本人じゃん」
 だれよりも自分自身が囚われていたと知ると同時に無性に腹がたつ。
 逃れたいと、なんでもないのだと、祈るように思っていたものに、私自身こそが最も囚われている。知っていた。けれど知られたくなくて、いつも私はなんでもないふりをしていたのだ。
 どうしようもない不信、それと憐憫に近い愛情、愛着。
 なんでもないのだと、自らに言い聞かせていた。捨てられないのなら捨てられないと諦めるほかないのだと。
 あなたが云うのか、それを。不信と思慕と、そのはざまで揺らいできた長い時間を知らずに、日本人であるあなたが、私が「日本人と変わらない」と。
 「そうね」と私はこみ上げる怒りをこらえて応える。
 わかるわけがないのだ。私に日本人がわからないように。
 「日本人」。
 私は羨ましく、好ましく、憧れながら心底ねたましいと思う。

 が、まあ。
 逡巡すらしない一部の「同胞」や、私自身への憎悪と殺意に比べれば、のんきでかわいいぐだぐだだと、最近は思ったりもする。
2007年10月30日(火)

メイテイノテイ / チドリアシ

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