葉桜を待たずに

 「逃げないひと」と形容された。
 今日会ったひとには「逃げ出せていない」と云われた。
 いずれにせよ、私は「此処」にいるということだ。

 新しいスカートを着て出かけた。
 私は浮かれていて、少し煙草を吸いすぎた。
 楽しい時間だった。落ち着いた声と沈黙が心地よかった。
 彼もそう思ってくれたらいいと願った。
 会釈して車が遠ざかるのを見送った。
 冷たい風が花びらを運んできたから、ジャンパーの襟を立てて駅の階段を駆け上がった。やはり少し浮かれていた。

 葉桜まで待とうと思ったんだ、ほんとうは。
 誰にも話さずにやりすごそうと、誰と話してもやりすごそうと。
 少し浮かれながら、花びらを見て、楽しくその思いを新たにしたところだったんだ。


 深夜、また或るひとに「否定しなくていい」と云われた。
 なぜそんな話になったのか、途中からは泣き出しそうだった。
 この話はやめましょう、と何度も言いかけた。
 泣きそうだった。
 気付いていたけど忘れたかったのに。
 そうしているうちに風化することを願ったのに。
 葉桜を待ってやりすごそうと思ったのに。
 問題は、「私が」逃げ出したいのかということだった。
 可能か不可能か、ではなく、したいかしたくないか。
 わかんない。
 自ら望んで逃げ出したとしても、逃げ切れないような気はしています。
 いずれにせよ、私はまだ「此処」にいるということだ。
 でもそれすらも、もうどうでもいい。
 話しているうちにそう思えた。
 考えても考えなくても、望んでも望まずとも、そのうち風化するように思えた。
 或いはバームクーヘンの最下層になるように思えた。
 彼がそう云うなら。彼がいるなら。
 背の丈で春を臨めるように思えた。葉桜を待たずに。
2005年04月10日(日)

メイテイノテイ / チドリアシ

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