2003年02月14日(金) |
『決戦は金曜日』(ヒカ碁小ネタ。ヒカル17歳) |
今日が何の日かなんて、対局が終わってから初めて気付いた。
「そういえば進藤くん、バレンタインのチョコは何個貰ったかね?」 天元戦、本選の一回戦。松田七段との対局に勝って、さてこれから検討を…というところで、一柳先生がひょっこり顔を出してきてそう言った。相変わらず、落語家みたいなにこにこ顔で。これが対局してて本気になったら、達磨みたいに真っ赤になって睨み付けてくるんだから、化けるよなぁ。ホント。 「…へ?バレンタイン?あ、そうか、今日でしたっけ!」 「おやおや、気がつかなかったのかい?」 「今日が2月14日ってのは分かってたんですけど…「バレンタイン」とつながってなくって。対局もあったし。…あ、それでかぁ。朝、出がけに母さんが「寒いからホットチョコレート飲んで行け」って言ったのは」 大マジでそう言ったら、一柳先生はひょっとこみたいに目をまるくした。 「おやおや、若いのに、意外だねぇ。帰りに事務所に寄ってごらん。たくさん届いてるらしいから。いやぁね、高段者の間で、結構話題になってんのよ。今、若いモンが台頭してきて、しかもカッコイイのからカワイイのまでよりどりみどりだろう?」 一柳先生はパチン、パチンとせわしなく扇を閉じたり開いたりしている。あああ、きっと俺は「カワイイ」に分類されちゃってるんだろうな……17なのにもう背が伸びる気配はないし、未だに中学生?って言われるし。 「…こりゃ今日は、事務所はチョコレートだらけになるんじゃないかって話でねぇ。いや私宛のも届くんだよ、これが。たかがチョコといっても、嬉しいもんだよ。「ごんたろー」っていうチョコが美味くてねぇ。食べたことあるかい?…何、知らない。あれは美味いよ〜。今度貰ったものの中にあるといいねぇ。だからさ、進藤くん、何個貰ったかはちゃんと数えておいたほうがいいよ。明日にでも教えちゃもらえないかな。いやそりゃあ君の方が多いのは分かってるから、別にアタシは機嫌を悪くしませんよ…」 放っておくとどんどん続くので、とりあえず突っ込む。 「一柳先生」 「はいよ」 「…若手棋士で誰が一番にチョコレートを多く貰うか、賭けてませんか?」 俺の言葉に、一柳先生はそれこそ目を糸のように細くして笑い、ぱちん、と頭を叩いた。…ビンゴだな。 「いや、ばれたか」 バレいでか。 「まぁ、そういう訳でねぇ。是非貰ったチョコの数を教えてほしいんだよ。おお、アタシに会えなきゃ、桑原本因坊か座間王座に報告しておいてくれてもいいよ。搭矢元名人の家に行くことはあるかい?だったら、搭矢元名人に伝えてくれてもいいよ」 (…タイトル棋士って、変人ばっかかよ……) これは、俺と松田七段の共通の心の声だと思う。うん。絶対。 「搭矢元名人まで、その賭けに参加してられるんですか?」 松田七段の問いはもっともだ。俺もそれ、聞きたかったもん。 一柳先生は、それこそ目を丸くした。 「そりゃあ、彼が胴元だもの」 ………許されるものならば、俺はその場で白と黒の石が並べてある碁盤になつきたかった。ううう。搭矢の奴が変人なのも、親に似たと言われれば納得しそうで頭がイタイ。
「ああ、ホラホラ、君たち、検討しないの?」
(アンタのせいでできなかったんだってば!) やっぱり心の中で松田七段と叫びつつ、席を立つ様子のない一柳先生に、俺たちは、この検討が恐ろしく長くなることを覚悟した。
…それにしても、今日がバレンタインだって忘れてたのはうっかりしてたな。多分夜にはめぼしいチョコは売り切れてるだろうし…緒方さん安物の甘いチョコは食べないし……。 …さて、どうしよう?
|