2003年02月13日(木) |
『甘い香り』(皇帝狼小ネタ) |
珍しく完全オフの日、ヴィリーはいそいそと小麦粉やら玉子やらを抱えて俺の屋敷にやってきた。 理由は、何でもウチの厨房が広くて扱いやすいからだそうだ。それはそうだろう。ドイツでも名家のバッハブルグ家だ。パーティや晩餐会を開くのに、厨房が広くなくては人数分の料理など作れる訳がない。
かくて毎年、2月の初めのオフには、ヴィリーがウチの厨房にやってくる。もはや年中行事のようなものだ。 ルディが言うには、日本に留学した後から続いている習慣らしい。 …まぁ、日本のような辺境の島国だ。土着の習慣があっても不思議はなかろう。
ひとりごちつつ厨房の扉を開けようとしたが……鍵がかかっている。 ちっ。やはり知恵をつけたか。 去年、やはり同じように厨房にやってきたヴィリーのエプロン姿はかなりクルものがあった。…ので、思うままに、エプロン以外のものはすべて剥ぎ取ってそのいやらしい姿を堪能し、ヴィリーがねだるままに思い切り突いてかき回して、出してやったのだが、その後しばらくの間ごねられた。 最後にはあいつの方もねだって腰を振ってきたのだから、俺だけのせいではないだろう。一方的に俺だけを責めるのは理不尽というものだ。
こうなるとあのヴィリーのことだ。入口という入口、窓もすべて施錠しているに違いない。あいつが厨房にこもってから4時間……今が昼の1時だから、3時のティータイムには出てくるだろう。イギリス人かと言いたくなるほど、ヴィリーはお茶の時間を欠かさない。 またの機会を狙うことにして、俺はしばらく手入れをしていなかった温室へと向かった。
俺がシーズン中で温室に入れない時は、家の庭師が入るから、そんなに荒れたりはしていない。 外の寒さが嘘のような暖かさの中で、気になる枝を切り、咲き終わった花を剪定してやって、つきすぎた蕾を少し取ってやる。鉢植えの様子も見て、頼りなげな苗には添え木をしてやった。 それから、ざっと見廻して、今日のティータイムに飾る花を考えた。 ふと、一際鮮やかな黄色の花が、目にとまる。
冬の弱々しい陽射しに金色に輝くような…ゴールデン・セプター。剣弁高芯咲きのそれは、その権威を示すかのように咲き誇っていた。 セプターとは王権の象徴として王が持つ笏のことだ。また,「王権,王位」等の意味もある。つまりゴールデン・セプターとは、「黄金の王笏」となる。 そういえば、この花は花の色も知らずに、名前が気に入ったので買ったのだったか。そう思いながら、十数本ばかり切ってゆく。
「カイゼル?いるのか?」 薔薇の香りがたちこめる温室の中、異なる香りをもたらしながら、ヴィリーが顔を見せた。 「ほう…おこもりはもう済んだのか?お姫さま」 ヴィリーは「お姫さま」呼称に反応したのか、さっと赤くなる。 「…誰が姫だっ!そろそろティータイムだから、わざわざ迎えに来てやったのに」 赤くなったまま、拗ねるように眉をひそめる。……だから、それが男を誘うのだというのに、まだ自覚がないのか。こいつは。 そう思いながら、腕の中の薔薇ごと、抱きしめた。首筋に顔をうずめると、チョコレートの甘い香りがたちのぼる。…これか。さっきからの甘い香りは。 舐めたらそのまま甘い味がしそうだったので、そうした。ねぶるように耳に舌を這わせる。ヴィリーの背中がぞくぞくと震えるのがわかった。相変わらず良い感度だ。 「や…カイゼル……薔薇の棘が……痛い……」 震える声で訴えられるそれを無視して、唇をふさぎ、さらに抱きしめた。結果、ヴィリーの体に、ますます薔薇の棘が押し付けられる。そして、俺の手にも。突き刺さる痛みは、しかし、ヴィリーとのキスの快感にまさるものではなかった。
痛みに業を煮やしたのか、ヴィリーが身をよじる。少し緩めた腕から黄金色の薔薇は無造作に地に落ちた。 「……んっ……カイゼル…お茶の……時間………」 「だからお前を食べるんだ」 「……?…っ、ああ………!」 ヴィリーが力を抜いたところで、素早くシャツの下から手を差し込み、白い肌に咲く蕾をいじってやる。 「あきらめろ……こんな甘い香りをさせている、お前が悪い」 快感に崩れ落ちそうになる体を支えながら、先程のキスで赤く濡れた唇を、舌でねぶった。 甘いチョコレートの味見をするように。そして、潤んだ瞳に、宣言する。 「じっくり……味わわせてもらう」
その後の時は………薔薇が、知っている。
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