紫
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父が大工の棟りょうをしていたため、夜になると、いろんな人がやってくる家でした。
とくに月末になると、職人さんが家にたくさん集まりました。
待ちに待った給料日だからです。
その日は、父も母も朝からとっても忙しそうで、学校から帰ったら、私もお金を数えたり、封筒に名前を書いたり、小切手を切ったりと、当たり前のように手伝いをしていました。
夜になると続々と仕事を終えた職人さんが居間に集まります。
母の作った料理を肴にお酒を飲みながら、ワイワイと楽しそうにしている姿が子どもながらにうらやましかったです。
お酒をお燗したり出来た料理を出したりと、まるでその日は小料理屋の店員状態。
70歳近い職人さんから、まだ高校を卒業したばかりの職人さんまでが、ホントにいい顔をして、楽しそうに笑っていました。
料理を出し終わった私をその場に座らせて、手品やトランプゲームをしてくれる人、お小遣いをくれる人、習い事の話を聞いてくる人、膝の上にのせて「電車ごっこ」とか「バスごっこ」とかしてくれる人。
そして私は何よりも、そんな彼らの「手」を見るのが大好きでした。
ごつごつした手だったり、意外と細い指だったり、バンドエイドでいっぱいの手だったりと、けっして同じ色・形の手はないけれど、それはまさしく「職人の手」。
父と同じ「手」をもつ人たちでした。
今もよく「職人」と呼ばれる仕事をしている人に会うと、「手」を見てしまいます。
どの職人さんも、同じ手はないけれど、その手が培(つちか)ってきた「技術」とその技術への「自信」がかいま見られます。
かくいう私も「編集職人」と呼ばれる仕事をしています。
それでも私の手は、子どものころに見た彼らの「手」とは、今は少し違うように見えます。
今日は父の誕生日。
いつか父と同じ「手」に私もなれるのでしょうか。
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