よくも悪くも、われら倭のくにの人間のメンタリティは、 情 。 理 や 義 じゃなくて 情 なのだなあ、とシンゾー君の会見を見ていて思いました。 母はもう完全に かわいそう〜 だし。 実は私も 呆気にとられ、なんだそれは! と怒りつつも 五十男の涙目をみたら やっぱりなんだか かわいそう・・・ な気持ちになってしまいました。 弱い。
だいたいいつも、ものごとがグズグズと尾をひくのは、 ”きちんと謝らなかった” 逆に 謝って反省の意をのべれば大抵のことは、仕方あるまい ってかんじに許されるし、 決して許さず、攻撃の手を緩めないひとは、ちょっと普通ではないひと扱いされちゃうし。
優しさではないんだけど、 そとの人たちが言うように、有耶無耶であいまいで甘い んだけど。 瑞穂のくにの混沌の汚泥のように、そこから足が抜けない。 海外で生きるひと達には、可能性への挑戦だけでなく、 この泥沼を心から嫌悪して逃げ出すひともいるんだろうなあ。
それはともかく台湾旅行ですが、案の定なにも決まっていません。 あ、チャイナエア からは逃れられました。 ホテルも決まりました。 それだけで、しかも全然 自分たちで選択していない。 同行の 姐 は実に男気と義侠心あふれる方ですが、 いかんせん私と同じ O型 です。 色々と、根拠なし! こんなん言っているのは日本人だけ! と批判はあれど、 もうこの血液型人間タイプ判別法は、日本ではある意味 常識になっているので、 このまま話をすすめます。 以前 姐と二人で温泉旅行に行ったことがあるのですが、 いきなり、まったくどこで降りるかも決めず(話し合わず)電車に乗りました。 乗るやいなや、飲み始めました。 移り変わる車窓の風景に、大喜びしながらも、どちらもどこで降りてどうしよう、という話をするでもなく、 終点についてしまいました。 そこには何もありませんでした。 でも別にお互い、イライラしたりしません。 ただこのままでは何処にも辿り着かないかもしれない、 遅ればせながらガイドブックを買おう と本屋に入りました。 行きたいなあ〜 という温泉地はたくさん載っていましたが、 この地(あるローカル線の終点)から夕方までに着けるところは限られていました。 そこから何処かに移動するには、同じ電車で少し戻って別な路線に乗り換えるか、 ローカルバスしかありませんでした。 我等は滅多なことでは物事を面倒がったりしませんが、 同じことを繰り返すことは大嫌いです。 もう一度戻ったりすることも嫌いです。 一筆書きの人生です。 当然バスを選びました。 ますます選択の幅が狭まりました。 締め切りをつくって自分たちを追い込もうと、 (このままではどうなるか、お互いようく分かっていました) ガイドブックに載っていた 聞いたこともない町の 聞いたこともない旅館に電話を入れました。 というか、今日中に辿り着ける温泉地はそこしかありませんでした。 途中でもう一回バスを乗り換えました。 そこがどこだったのか思い出せません。 二度とあの乗り換えた町には行けないでしょう。 そこから温泉まで行くはずのバスは遅れていました。 待っても待っても来ません。 夕暮れがせまっていました。 夕飯に間に合わないかもしれない、と少しあせってもう一回旅館に、 少し遅れるかもしれないけれど、必ずいきます と電話を入れました。 バス停で、40分は待ったでしょうか。 ここで、初めて我等はこの町のひとに、××温泉にいくバスはまだありますよね、 と尋ねてみました。 (明らかに遅すぎる と今ならわかります) すると、温泉行きのバスは、停留所が移動していました。 小さなバスターミナルでずっと待っていたのですが、温泉方面行きのバスは、 国道沿いに移動していたのです。 それを聞いて、やっと我等はあわてて国道(ターミナルからは結構離れていました)に走りました。 ちょうどそこにバスが来ました。 もう5時半くらいになっていました。 そして温泉に着きました。 その旅館には、平日であったせいかもしれませんが、 客は我等のほか、一組しかいませんでした。 そこでは、やたら旅館のひと達にかまわれ、生まれて初めて 水琴窟 というものを見て、 その不思議な音をききました。 ほかには特にどうってことない旅館でした。 しかし、未だになんという温泉地だったのかわかりません。
長くなりましたが、これが O型同士の旅です。
我等はともに ものすごく台湾行きを楽しみにしているのですが、 この温泉旅行の二の舞にならないようにするのは、どうしたらいいのか。 自らなにをすればいいのか、わかりません。
|