皆さんは交通事故にあったことがありますか。 わたしは何度もあります。 怪我をしたことも怪我をさせたこともあります。 事故はなんど経験しても、最初に考えることは 『びっくり!』 であります。 『え?何?何がおきたの?』 であります。 これはたぶんスピードのせいだと思う。 思い切り棚に頭をぶつけた、とか 思い切り転んで足をくじいた、もしくは それこそ床に手をついたら中指が反対に反り返っていた なんてのは、まず第一に 『やっちまった・・・』 であります。 同じ偶然の事故でも、身体の動きによる原因と結果が、すんなり頭に入ってくるスピードなのです。 でも交通事故のスピードは、その瞬間はなにが起きたかすぐにはわからないのです。 そして道路に投げ出されている自分に気付き、あらためて 『ぶつけられたんだ(ぶつかったんだ)』 とわかり、その後で 『どこか大怪我しているのかもしれない』 と思います。痛いとかはすぐにはこないのです。 そのころにはまわりが大騒ぎになって、本人は考える力はあまりもどってきておらず、 身体の芯に力が入らず、わりとまわりのいいなりです。 病院に搬送される頃には、 『自分は大丈夫』 と自分とまわりに言い聞かせます。 なぜか身体が小刻み震えたりします。 大怪我でなければボーっとしたまま警察の検証を受けたりします。 で、うちにかえって寝たりする。 病院がよいが面倒くさい。 保険屋との交渉も面倒くさい。 まあなんとか怪我もなおって、車(バイク・自転車)もなおって、 さあやっと公道復帰だ、 というときに初めて、 『怖い』 という気持ちがやってきます。
この前は運良く、大きな怪我にはならなかったけれど、次はわからない。 まわりのドライバーが信用できない。 こんどこそ死んじゃうかも。
そんな怖さです。 私はいまだに3年前の被追突事故の怖さから逃れられません。 赤信号で停まっていても、後ろからくる車が信用できないのです。 だから停止中、いつも後ろを振り向いています。 そして近づいてくるドライバーの顔をみるのです。 どんなドライバーでも、一番怖いのは人を轢いてしまうことです。 ぼーっとしていも、ひとが視界にはいれば緊張します。 でも、ひと ってなんでしょう。 たとえば夜、ずっと前方で、背中を向けてヘルメットの後頭部だけをみせているものを、 すぐに ひと=人間 とは思いません。 バイクだ、と思います。 深夜こちらにまったく注意を向けず、コンビ二の前で騒いでいる中学生がいても、 馬鹿どもがいる、としか思いません。 それがこちらを向いて顔をみせたとたん、ひとは相手をひととして認識するのです。 相手も自分をみている、そう認識したひとに対して、ひとはよっぽどでなければモノあつかいはできません。
だから、事故の多い横断歩道や交差点では、こちらに向かってくる車のドライバーの目線をひく、そのためには自分がドライバーの顔をみる というのがいいですよ。 ほとんどが、スピードを落としこちらの動きを慎重にみるようになります。
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