痒痛 ☆ 日記 
お酒と音楽と変人と。菫色の日々。

2005年10月08日(土)  思い出した

六日の間に 書こうと思っていて忘れてしまった カエル車のほかのもう一つを思い出しました。
昨日の日記をかいていて思い出したので、忘れないうちに即更新だ!

なぜ人は老婆を演ずるとき、
『×××じゃ。』
『○○○のう。』
と自然に不自然な語尾が口からでてしまうのだろう。

なんかカエル車よりしょうもない題材ですが、本当にこういうことを考えていたことしか思い出せないので、許してください。

だって、明治生まれのうちのおばあちゃん(双方、片方他界)だってそんなしゃべりかたしない。
テレビでいろんな地方のお年寄りをみたけど、聞いたことない。
広島のひとが、
「ほうじゃ、ほうじゃ。」 (たぶん そうだ、そうだ)
と言っていたけど、それは若い人もだったし、たんにお国ことばであって、
老婆ことばではない。

『じゃ』 と 『のう』 があわさって、
『〜〜〜じゃのう。』

もある。
あなたも、はいお婆さんのようにしゃべってください と言われたら

『わしは百まで生きるんじゃ。』
『たしか、与作とかいったかのう。』
『おいしい桃じゃのう。』

みたいにしゃべるはず!
だ・です が 『じゃ』 に。
ね・(な)ない が 『のう』 になるみたい。

じゃ・のう の呪いですよ。
あなた老婆の役 って言われて この呪いから抜け出す事がどんなに困難なことか。
役者さんとしてものすごい壁ですよ。

なぜ じゃ・のう が老婆のステロタイプになったのだろうか。
私がひとり、容疑者として考えているのは、
市原悦子 です。
まんが日本昔話 のせいでなのではないか。
だとしたら 悦子が 生み出したキャラなのか?
しかし、悦子もなにかからインスパイアされたのではないか。
もっと古い、深いオリジナルが?
悦子のおばあさん世代はこういうしゃべりかたをしていたのか?

わからない。
が、現在この国では 老婆の役がくれば幼稚園のお遊戯会レベルから劇団四季まで、
まずは じゃ・のう の網にひっかからざるを得ないのだ。


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