六日の間に 書こうと思っていて忘れてしまった カエル車のほかのもう一つを思い出しました。 昨日の日記をかいていて思い出したので、忘れないうちに即更新だ!
なぜ人は老婆を演ずるとき、 『×××じゃ。』 『○○○のう。』 と自然に不自然な語尾が口からでてしまうのだろう。
なんかカエル車よりしょうもない題材ですが、本当にこういうことを考えていたことしか思い出せないので、許してください。
だって、明治生まれのうちのおばあちゃん(双方、片方他界)だってそんなしゃべりかたしない。 テレビでいろんな地方のお年寄りをみたけど、聞いたことない。 広島のひとが、 「ほうじゃ、ほうじゃ。」 (たぶん そうだ、そうだ) と言っていたけど、それは若い人もだったし、たんにお国ことばであって、 老婆ことばではない。
『じゃ』 と 『のう』 があわさって、 『〜〜〜じゃのう。』
もある。 あなたも、はいお婆さんのようにしゃべってください と言われたら
『わしは百まで生きるんじゃ。』 『たしか、与作とかいったかのう。』 『おいしい桃じゃのう。』
みたいにしゃべるはず! だ・です が 『じゃ』 に。 ね・(な)ない が 『のう』 になるみたい。
じゃ・のう の呪いですよ。 あなた老婆の役 って言われて この呪いから抜け出す事がどんなに困難なことか。 役者さんとしてものすごい壁ですよ。
なぜ じゃ・のう が老婆のステロタイプになったのだろうか。 私がひとり、容疑者として考えているのは、 市原悦子 です。 まんが日本昔話 のせいでなのではないか。 だとしたら 悦子が 生み出したキャラなのか? しかし、悦子もなにかからインスパイアされたのではないか。 もっと古い、深いオリジナルが? 悦子のおばあさん世代はこういうしゃべりかたをしていたのか?
わからない。 が、現在この国では 老婆の役がくれば幼稚園のお遊戯会レベルから劇団四季まで、 まずは じゃ・のう の網にひっかからざるを得ないのだ。
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