| 2003年10月08日(水) |
小学校の先生って二十代前半だったんだよね |
まちがえた。 百姓一揆は、ノボリではなくムシロでした。
一揆ということばは、小学校の社会科で習ったような覚えがある。 けれど当時はもう、百姓ではなく農民という呼び方で押しとおしていたような気もする。 でも、農民一揆より百姓一揆の方が、 「米よこせ。年貢は納められねえ。」 との激しい憤りを感じる。 あ、またまちがえたかな。米よこせは、打ちこわしだっけ?
いまのゆとり教育ではどう呼んでいるのかはわかりません。 一揆って教わるのかしら。 わたしの小学校時代の先生達は、まあかなりの率で革命家あがりが多かったので、この辺の、社会の底辺、その抵抗の歴史などはしつこくしつこく学習させられました。
突然思い出した。 そういえば卒業する前にみんなの前で将来の夢、 「わたしはこんなおとなになりたいです。」 を発表させられました。 忘れられない発言。同じクラスにとっても素直で優しくてあまり頭はよくない女の子がいました。 彼女は、 「わたし 農民になりたい。」 と言ったのでした。 明るくはっきりと迷いのない甲高い声でした。
いま思うとわたしたち児童は なんだか洗脳されていた。 そういうわたしも、 「弁護士になって弱いもの虐げられたものの力になる。」 とかぶちかましました。 歴史学者(近代アジア史)とどっちにするか迷ったんだよな。 どっちにもならなかったけど。
その数ヶ月後わたしたち児童は、中学校の生徒になって校内暴力の嵐に巻き込まれていったのでした。 風の噂では、中学でヤンキーデビューして族のマスコットになり一番最初に結婚したというか子供を産んだ(16歳)同級生は 孫がいるらしい。 信じられないけど、たしか彼女の将来の夢は、 「おかあさんになりたい。」 だったから、誰よりも忠実に夢をかなえたともいえる。
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