| 2003年05月17日(土) |
マカロニは母の味だった |
マリソルの旦那がへなちょこなフリオなのが納得いかん!
これが荒野の用心棒の感想です。 でもやっぱりイタリア映画だね。このお話は結局、母と息子のお話なのですね。 捕らわれの美女マリソルも、意味深な目線ビシバシのわりに、とことん母でしかなかったし、バクスター夫人も一家のゴッドマザーとして旦那よりぜんぜん貫禄・存在感があるし、みるからに馬鹿息子っぽい(七三分けのぼっちゃん。なぜか金髪)息子溺愛。
マッチョなロスコ一家は、女っけゼロ。ラモンもつい人妻で息子のいるマリソルに夢中になっちゃって、あの一家に母がいたらねえ。
とにかく、クリント・イーストウッドは カ ッ コ イ イ ! 足 長いよお。 でもあの人なまえないの。ただのアメリカ人。流れ者のグリンゴとしか呼ばれないよね。 彼も母を奪われたくちなのでしょうね。 だからか、以外にすごい早撃ちシーンの連続かと思っていたら、決め所は2回だけ。それ以外は、死体を盗んで生きているように見せかけたり、盗み見しまくりの、防弾ベストの、裏技でこそこそ動き回ってる方が多い。親の無い子供が生き延びてきたやりかたって感じ。軒下をはって逃げ延びるしね。
「俺の馬は、笑う奴がきらいなんだ」 という台詞と、最後にTHE END のマークのバックで死んだラモンの(ほかのロスコかな)身長をメジャーではかっている棺桶屋がお気に入り。
マカロニは、母への思慕とアディオスアミーゴという西部劇=アメリカ中西部のイメージとは違う味わいのものでした。
マカロニをラテン風味で、というのは結構本質をついているのかも。 あと必要なのは、埋葬の鐘の音だ。
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