アニメ日本昔話はかつて毎週みていましたが、どんなふうに表現していたんじゃろうか。覚えてない。 なにって、”おむすびコロリン”ですよ。 正確には、山仕事にきたおじいさんが昼飯にしようとして弁当の包みをひらいたところ、つい手落としたおむすびがコロコロころがって、しまいに深い穴に落ちてしまって、あ〜せっかくばあさんが作ってくれたおむすびが・・・と、じいさんが悔やんでいると、穴の中から聞こえてきた歌、 「おむすび コロリン スットン トン」 の歌のメロディですよ。 補足すると、穴の中にすんでいるネズミ達が、落ちてきたおむすびで餅をつきながらうたう歌ですよ。 再補足すると、あまりに楽しい歌なので、おじいさんはもう一度歌を聴きたくて持っていた全部のおむすび(全部で3個だったように思う)を次々に穴に落としたばかりか(これだけでも昔話であるからには、豊かでない日々の糧を想像するに、大きな代償であるように思う)とうとう、不思議な現象への怖さも忘れ(その時点ではネズミが歌っているとはしらない)、みずから!うたの仲間に入りたくて穴の中に飛び込んだ。 それほどの歌ですよ。
しりたい。歌ってみたい。 なんとなく今まで、日本のメロディだから、そんなような、ことばの抑揚とかで →↑→→↑↓↓ ↑ ↑ ↑ おむすびころリンスットントン こんなイメージがあった、昔話を読んでくれたひとが、みんなそんな節回しだったような気もするし、覚えてないけど市原悦子がそう語ったのかもしれない。
あああ、しりたいねえ。活字の中の、五感ものは強烈に残るね。体験してみたい、という渇望がいくつになってもよみがえってくる。味・匂い・色・手触り・そして音。みんな、この世にないほど素晴らしい!ものなんだけど、形は違えどもの自体は実在する(ホットケーキ、もち、お酒、花、水、布、宝石、ひと etc...) からよけいにこのお話にでてくるものを、食べてみたい、見てみたい、聞いてみたい、触ってみたい、嗅いでみたい、と読み返すたびに思ってしまう。
そして、音はいままで、この世のものとは思えないような音色、と思っていたようなんだけど、”おむすびコロリン”を読むとどういう歌=メロディ=節だったんだろう、とこの頃は思うのです。
そんで、”おむすびコロリン”は、いいお爺さんが、小さい葛篭、強欲じいさんが大きい葛篭、そういうお話だったっけ? ”舌切り雀”と”ここ掘れわんわん”と同じ結末だったような、そこが少し興ざめだったような記憶があるんですが。 あれ?あした図書館で確かめてみます。
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