いま、ベッケルさまに夢中。クリスティーフェア頓挫中。アキチャッタ・・・ ロマン派と言われてもイイ。むしろ言われたい。
まったくねえ。英米文学からしばらく離れるよ。 図書館からかりた、今にも表紙から本文が剥がれそうな古い本ですが。 人間の心情なんぞより、物語のもつ大きなうねる波は、鈍った心を涙で洗ってくれるよ。 十九世紀の人間が中世に憧れるのは世の東西を問わずなのですね。 カトリックの御信心が阿弥陀や弥勒 観音信仰と同じにみえるよ。 格子窓のむこうの貴婦人の白い手は御簾のむこうの女人の気配と同じですね。
でも、まいったのは中世話ではなくて、十九世紀のお話。ベッケルさんが古の王都トレドにスケッチにいって、崩れた屋敷あとのような、塵捨て場のようなところに行き会うところ。 人気のない広場の隅が小山のように塵の山になっていて、かつてのアラビアのタイルや煉瓦やらのうえに、草が生い茂り、背の高い葵が伸び、昼顔の蔓が群れていた、というところ。 そうなのよ。家が崩れ落ちたり、小さな空き地がいつのまにか辺りの暗黙の塵捨て場になると、こういう草花が生い茂り、夏にはなんとも可愛らしいことになったりするのです。 ベッケルさん 東京も同じですよ。 実家の二軒隣の敷地が長いこと放っておかれて、そこでは夏になると、葵や露草、野生帰りした小さな花の向日葵なんかが咲いていたのでした。そこではじめて昼顔を見たのです。うっすらピンクの小さな白いラッパ状の花で、大好きでした。 数年前に建売住宅が建って 以来 昼顔の花をみていません。 それはね、東京の塵捨て場だから、テレビだの蒲団だの夜中にもってきて投げ捨てていく奴がいたし、空き缶がまた変にカラフルで冬には風流とは逆立ちしてもいえなかったけど、わたしはなんだか好きだったのです。 緑に埋め尽くしたくて 毎年オシロイバナやたんぽぽの種をこっそり蒔いたりしていました。 そうそう、建売住宅業者さん、汚れにくいからって、あの濃いグレーの外壁はやめてください。なんだか街が黒っぽくなるよ。
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