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1975年04月26日(土)

岡田光玉氏はまた、もともとのヘブライ人は枝(えだ)と呼ばれる人々であり、その言葉からユダヤという言葉ができたのだという。イスラエルという言葉は、五十鈴(いすず)のなまったものだという。五十鈴とは、日本の三重県にある伊勢神宮の中を通って流れている神聖な川の名前である。かつて、何人かのユダヤ人が日本に戻ってきたとき、日本の指導者たちは彼等がその地方の居住者と結婚するのを禁じたという。特に徳川家は、もしユダヤ帝国が日本で力を持ち始めたら、将軍家の権威が揺さぶられると恐れた。この政治的な差別が、日本の差別を受ける人々、●●の起源であるという。
(注:●●は差別用語なので伏せてあります。)

古代日本による統治の下で、ムー帝国は栄えた。神社の記録によれば、モーゼやイエス、またモハメッド、孔子、孟子、老子、そしてブッダなどあらゆる人物が日本を訪れたという。例えばブッダは、52歳で日本を訪れ、ス神に教え導かれたという。ブッダの教えを理解するためには、それ故、最初に日本のかんながらの道(すなわち神道)をマスターしなければならないという。(注: 同じようなことが、皇祖皇太神宮のHPに詳しく書いてあります。)

概略(ノートより)

10.旧約聖書はゾロアスター教の経典ゼンド−アベスタを日本の皇子であるモーゼがヘブライ語に翻訳したものである。
11.モーゼは、日本の第94代天皇によってユダヤの王に命ぜられた。
12.十戒は日本に起源をもつ。
13.ヘブライ語は日本の天皇からユダヤ人への贈り物である。
14.日本の垂仁(すいにん)天皇は、イエス・キリストをユダヤの王とした。
15.イエスは十字架の上で死んだのではない。彼は十字架の上で死んだ兄弟をいつも賛美していた。イエスは日本へ帰り、118歳で死んだ。
16.ユダヤという名前は日本語の枝(えだ)に起源をもつ。イスラエルという名前も「五十鈴(いすず)」という、日本の三重県にある伊勢神宮内を流れる聖なる川の名に由来する。
17.●●という、日本で差別を受けている人々は、もともとは日本へ移住してきたユダヤ人である。
18.モハメッド、孔子、孟子、老子、そしてブッダも日本を訪れた。
19.(ヌケ)
20.すべてのアメリカインディアンは、日本人を祖先に持つ。
21.エデンの園は日本で発見された。
22.中国は仏教を広めるために日本の多くの宝物を破壊したので、将来罰を受ける。
マクベイ氏の著作(1997-p74-75)から: 
ムー大陸の住人は傲慢になり物質主義に陥った。そして、存在の欲や物質の面を司る月の神が優勢となった。核戦争がムー大陸とアトランティス大陸の間に起こった。ス神から警告として送られるいろいろな激変を無視したことにより、すばらしい大陸だったムー大陸は一連の天変地異によって破壊された。これは約1万5千年前に起こった。それにもかかわらず、人類は教訓を得なかった。そこでス神は我々人類が改心しない限り、火の洗礼を引き起こし、人類を完全に滅ぼすという警告を発した。5つの人種を統一し、ス神の地上代行者としての正しい地位へと日本の天皇をもとがえりさせるのが、日本人の使命である。真光が、1989年2月の大喪の礼に「教え主様」が参加したことを真光誌で熱心に報道するのは、このためである。その歴史的なイベントに彼女が参加することは、天皇と同じく彼女もス神の地上代行者と考えられていることからして、極めて当然のことなのである。

以下の文章は、天皇に関する岡田恵珠女史の教えから採ったものである。現在、日本では西暦に加えて元号が用いられている。現在、色々な国の中で自然な形で元号を使用しているのは日本だけであり、世界の人々はあまりこのことになじみがない。

それ故、私は以下のように説明を加える。この国の元号は奈良(710-784)時代から1300年の歴史をもっている。明治時代における帝国主義の復活[1868-1887]の後、万世一系の新しいスメラミコト(*)が現れるたびに、時代に新しい名前(元号)が付けられる。言い換えれば、それぞれの天皇の時代に対して新しい時代の名前が付けられるのである。
(*)日本の皇帝すなわち天皇をさす言葉、詳細は上級研修で教わる。
(上記ノート参照)(真光オーストラリアジャーナルvol.7,no.5,May 1989-p2)

「私の最も熱烈な願いは、神の計画を達成するために、世界中の陽光子(真光信者)が一丸となって、神の真理(真光の教え)を広めること、愛と調和の力を伴う正しい道を進むことです。今月12日には、天皇陛下、スメラミコトの即位の礼が日本で執り行われます。」
(真光オーストラリアジャーナルVol.8 No.12, May 1990-p8)

「まず第一に、世界が別々の国々に分かれているという事実が正しくないのです。古代には、そのようなものはありませんでした。すべてが一つの国だったのです。日本という国を見るとき、その国の始まりや国としての確立は、そのようなものでした。つまり、かつてはひとつの「神の地」があり、そこで人類が創造され、世界に派遣されていったのです。それ以外のなにものでもありません。しかしながら、派遣されていった人々は神の計画を知らずに色々な国々を作り出し、互いに侵略につぐ侵略を重ねてきたのです。

事実、五種類の肌の色をもつ人類は、かつての神の時代の状態に戻っていくよりほかにありません。もしだれかがその平和運動のために働くのであれば、その人は国境をこえて働く必要があります。さらに、平和を達成する唯一の方法は、神の直接の子孫(すなわち日本の天皇)による偉大な、徳の高い政治を、彼がいる場所を中心として、かつての神の国がそうであったように、広めてゆかなくてはなりません。」
(真光オーストラリアジャーナル Vol.10 No.2 1992-p10)

概略(ノートより)

23.岡田恵珠女史は、神の名あるいはスメラミコトという名前を、新しい天皇(明仁)と平成という新しい元号を指すのに使用している。
24.彼女は、真光の信者に昔の世界にもとがえりするより道がないと教えている。ムー大陸がそうであったように、日本の天皇が世界の天皇であった時代へと。そうして初めて、世界が平和になるとしている。
経験の長い真光信者、特に上級研修まで受けた信者にとっては、真光の神の計画が成就する上で日本の天皇の役割が極めて重大であるということは、疑う余地のないことである。もしアンドリス・テベシス氏にとってそれが重要でないとしたら、日本にいる同僚の幹部やより上の幹部とその考え方を共有することなどできない。

マクベイ氏はこう書いている(1997,p.156):
以前、真光のコスモロジー(宇宙観)に関して述べたのと同じように、天皇は重大な役割を担っている。真光の指導者は、神組み手(真光の信者)に対し、天皇に対する献身の姿勢を公に表すよう教育しようと努力している。このことは、1990年11月12日に行われた平成天皇の即位の礼において明らかに見られた。何千人もの神組み手が、東京道場からパレードの沿道へと集まり、警備隊と連絡を取り合いながら協力する真光信者によって指示を受けながら、整然と所定の位置に並んでいた。信者たちはパレードの列が通るのを待つ間に、日の丸の小さな旗を与えられ、チェックを受け、真光信者のバッジ(御神紋)を身に付けるよう班のリーダーや関係者からしつこく言われた。神組み手の大集団を公的なイベントにおいて動員するこの明らかな試みの中で、関係者たちは、そこかしこで走り回りながら、信者たちに対してバッジ(御神紋)がよく見えるように確かめるよう繰り返し注意していた。

真光のバッジ(御神紋)は、これまでここで書かれてきたことを象徴するものである。そのマークは、真光の建物、記念館などに見ることができ、日本の真光のピラミッドの45メートルの高さにある頂点を装飾するものである。

黄金の中心は、神の世界の頂点にいる神を表し、小さな黄金の円に向かって伸びる16の線は、日本の天皇、スメラミコトが世界を統治するために派遣した15人の皇子と1人の皇女を表す。16の花びらを持つ菊の形もまた、日本の皇室のシンボルである。赤の縦線は陽、火の神、男性、天を表し、青の横線は、人間、水、女性、地を表す。白は幽界を表し、緑はこの世を表す。

ここで導かれ得る結論はたった一つしかない。真光は、日本の天皇が再び世界の統治者という正しい地位に立ち返るその日に向けて、努力を続けているのである。つまり、ある種の霊的な神政独裁政治、ということである。民主主義は、真光の中では否定されている。

1999年7月18日の、ジャーナリストのデビット・マクラナン氏によるキャンベラタイムズの記事の中で、アンドリス・テベシス氏は次のように述べている。「私たちの団体は、生活の質を改善することによってよりよい世界を構築しようとしており、政府からはある種の教育機関として認識されています。」 また、1997年3月7日(金)のキャンベラタイムズの記事の中では、次のように言う。「何人かの真光関係の教育者は、オーストラリアやニュージーランドのいくつもの学校(初等、高等)で、カリキュラムに高い価値を付加することに成功しています。」

さらに、1997年10月18日(土)のパースにおけるウエストオーストラリア紙の中で、アンドリス・テベシス氏は次のように述べている。
「私たちが達成しようと努力しつづけているものの一つは、首都キャンベラに国際的な本部を作ることです。この目的のために私たちは政府から一区画の土地を与えられました。そして、特定の宗派でない宗教組織として認識されました。私たちは教育機関であり、共同体組織なのです。カトリック、英国国教会の司祭、そしてユダヤ教会の主管者が、メルボルンにおいて我々の仲間となっています。私たちはまた、オーストラリアとニュージーランドにおけるいくつかの学校において、カリキュラムの変更を手助けいたしました。 ニュージーランドにおける我々の仲間の一人は、全国的に学校や大学のカリキュラムに霊的な側面を導入、あるいはその導入を助けることをしました。」

真光の教育は日本の天皇(崇拝)と直接関連している。
1991年、旧日本帝国の賛美歌である「君が代」と「旭日旗」が、左翼主義者や自由主義者の強い反対にも関わらず、日本国のシンボルであることが公式に宣言された。この決定は、法律の制定を通したものではなく、文部省(現在の文部科学省)によって発行されたガイドラインの形で決定された。それは、戦後初めて日本の軍事的英雄に関する好意的な文章を含む教科書を、容認する過程でなされた。また、少なくとも一つの学校、日大M江高校では、非公式にだが教育勅語が復活している。その学校の校長、O崎氏は、毎朝教育勅語を大声で読み上げるよう指示している。その理由は、教育勅語は真の日本人の魂を育てるのに最もよい教科書だからだ、というのである。
イアン・ブルマ氏が、「罪の報いWages of Guilt」(1994-p200)という著作の中で述べるには、O崎氏は真光の出版物の中でも目立った存在であり、彼は真光の信者だという。日本の国会の両院において、1947年と1948年に教育勅語は無効とされている。60年間、教育勅語は国家の美徳、例えば国家への自己犠牲、軍国主義、祖先への崇拝、などを生み出すために使われ、皇国の繁栄を護持し、軍事的英雄を見習うべき模範として復活させるために使われた。

以下は、教育勅語の全文である。


教育勅語の現代語訳
http://cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kyouikutyokugo.htm
から転載 (リンク切れ)
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朕(明治天皇)がおもうに、我が御先祖の方々が国をお肇(はじ)めになったことは極めて広遠であり、徳をお立てになったことは極めて深く厚くあらせられ、又、我が臣民はよく忠にはげみよく孝をつくし、国中のすべての者が皆心を一にして代々美風をつくりあげて来た。これは我が国柄の精髄であって、教育の基づくところもまた実にここにある。
汝(なんじ)臣民は、父母に孝をつくし、兄弟姉妹仲よくし、夫婦互に睦(むつ)び合い、朋友互に信義を以て交り、ヘりくだって気随(きずい−自分の思うまま)気侭(きまま−他人に気がねなく自分の思い通り)の振舞をせず、人々に対して慈愛を及ぼすようにし、学問を修め業務を習って知識才能を養い、善良有為の人物となり、進んで公共の利益を広め世のためになる仕事をおこし、常に皇室典範並びに憲法を始め諸々の法令を尊重遵守し、万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧(ささ)けて皇室国家の為につくせ。かくして神勅のまにまに天地と共に窮(かぎ)りなき宝祚(あつまひつぎ)の御栄(天皇陛下の御運勢)をたすけ奉(たてまつ)れ。
かようにすることは、ただに朕に対して忠良な臣民であるばかりでなく、それがとりもなおさず、汝らの祖先ののこした美風をはっきりあらわすことになる。
ここに示した道は、実に我が御祖先のおのこしになった御訓であって、皇祖皇宗の子孫たる者及び臣民たる者が共々にしたがい守るべきところである。
この道は古今を貫ぬいて永久に間違いがなく、又我が国はもとより外国でとり用いても正しい道である。
朕は汝臣民と一緒にこの道を太切に守って、皆この道を体得実践することを切に望む。
明治23年(1890年)10月30日
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真光のアジア地域から集められた若者は、キャンベラの真光センターに来て、日本の訓練部とよばれる教師(導士)養成学校へ行く前の準備をする。これらの若者は、一般的にはよく教育された人たちなのだが、日本語を学ばなければならない。真光の教育に入るためのオリエンテーションの一部には、日本語での教育勅語の朗唱を学ぶことが含まれる。

キャンベラでそのトレーニングを終えたあと、若者たちはアンドリス・テベシス氏の前で教育勅語を朗唱することを要求される。テベシス氏はそれを見て、その若者が日本へ行ってさらなるトレーニングを積むに値するかどうかを判断するのである。これらの若者たちがオーストラリア人、南アフリカ人、マレーシア人であるという事実は、彼等が真光の教育方針に従う限り関係のないことである。ひとたび日本に到着して教育を受け始めると、男性たちの頭は剃られ、すべての生徒は日本人でも外国人でも、夜明け前に起床して日の出とともに日本の国家を歌うよう要求される。

これらの日本人でない生徒やすべての日本人でない信者たちは、元の信仰(日本)へ元がえりすべき、4つの肌の色の種族に分類される。すべての宗教の起源、人類の起源、霊の起源の地にもとがえりすること、それはすなわち、黄金の種族、王の種族である日本と日本の天皇、スメラミコトにたちかえるということなのである。
真光の救い主岡田氏と、現在の指導者であり彼の養女である岡田恵珠女史、そしてアンドリス・テベシス氏は3人とも、世界の本当の歴史として、ムーと呼ばれる場所あるいは古代日本において、神の時代がかつて存在したと教える。ムーの別名はレムリアであり、レムリアが沈んだ時、日本列島の部分だけが海面上に残り、それが世界で最も古い国日本を形作っているのだという。


「5大文明とその発展の起源を示した地図」(真光上級研修テキストブック1989年第7章)
「5大文明と5大宗教はすべて霊の元つ国(ひのもとつくに、後の日本)に起源がある。このようにして、世界の歴史を正しく書き換えることが急務である。」−岡田(真光中級研修テキストブック、1989年p.29)

次は、ムー、レムリア、そして真光の言う古代日本に関する別の見方である。
(参考:ポール・V・ハインリッヒ http://oz.net/jz/sphinxcc.html   <- 現在リンクが切れている )



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