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昨年末、ソルトレークオリンピック女子フィギュアの 日本代表選考を兼ねたフィギュアスケートの大会があった。 切符は2枚。うち、1つは早々に決定。残る1つの切符を巡って 村主章枝、荒川静香の両選手がこの大会で争い、結果、 村主選手が代表に内定した。 おめでとう、そしてオリンピックで頑張ってください。 これでもう誰もあなたの名前を読み間違えなくなると思う。
************************************************************ 大学2年の春、村主選手が所属する学部で僕は アルバイトをしていた。新入生にシラバスや 学生証を配布したり、科目登録を受け付けたり するのが仕事だった。
その年、某有名芸能人が入学する学科の担当を巡って、 アルバイトの間で当然のごとく争いがおこった。 けれど、僕は普段の行いの悪さを露呈し(?)、 あっさりとじゃんけんに負けてしまった。 こうしてやむなく、僕は他の学科の担当となった。
入学式の日の仕事は、新入生に名前と写真を確認して 学生証を手渡すというもの。マンモスと揶揄される程の あまりの人の多さと、すぐ後に控える入学式に対する 不安もあってか、どの顔も緊張気味。
「あ、あの・・・」 「はい?」 「ネクタイの結び方がわからないんですけど・・・」
訛りの入った口調でちょっと似合っていない スーツ姿の新入生に、そう声をかけられ、 自らの一年前を思い出して思わず苦笑しながら、 結び方を教えたりするなんていうこともあった。
************************************************************ そんなハプニングも過ぎ去り、いつ果てるとも 知れぬ単調な作業に少し飽き飽きし始めていた時、 一人の女の子が僕のいる窓口にやってきた。 そして学生証と引き換えに提出された合格通知書には こんな名前があった。
○○学科 村主 章枝
「はい、えーと、ムラヌシさんですね?」 「いえ、スグリです」
どこか少し怒りを込めたような、凛とした声で返されて、 僕は思わず彼女の顔をまじまじとみつめてしまった。 他の新入生が服装や化粧でどんなに頑張っても緊張感や あどけなさを隠せないでいるのに対して、彼女の表情は とても落ち着いていた。それは自信に満ち溢れた表情とも 異なっていて、確固たる自分の信念に裏打ちされて何かを まっすぐ見つめるような、そんな表情だった。
気を緩めっ放しで作業していた僕は、思わず居住まいを 正して、詫びの言葉と共に書類一式を彼女に手渡した。 この日僕は200人近くの新入生を相手したが、 今でも顔と名前を覚えているのは彼女一人だけだ。
その彼女、村主章枝選手が日本女子フィギュアスケートの エースであると知るのに、そう長い時間はかからなかった。 国際大会での華々しい活躍が間断なくメデイアを通じて 耳に入ってきた。そして最近、彼女の4大陸選手権での優勝に よって、ソルトレークオリンピックでのフィギュア女子日本代表 の枠が1つ増えたということを知った。
あの時彼女は、それまで何度も読み間違えられた名前を 同じように読み違えた人間がいた、と刹那不快に思った だけなのだろう。けれど、鮮やかな残像を一方的に心に 焼き付けられてしまった僕は、今度のオリンピックで彼女が 表彰台の一番高いところに立って欲しい、と強く願っている。 同じ大学の人間として、なんていう薄っぺらな動機の他に、 ほんの少しばかりの個人的な思い入れをこめて。
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