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2003年06月18日(水)
◆『三つの愛の物語』 【三人姉妹】【マルグリットとアルマン】【カルメン】ギエム、ダウエル、コープ、ムッル、斎藤、首藤


【三人姉妹】

マーシャ:シルヴィ・ギエム、
イリーナ:エマニュエラ・モンタナーリ、
オリガ:ニコラ・トラナ、
ヴェルシーニン中佐:マッシモ・ムッル、
クルイギン:アンソニー・ダウエル、
トゥーゼンバッハ:ルーク・ヘイドン、
アンドレイ・プロゾロフ:マシュー・エンディコット、

〔ピアノ演奏:フィリップ・ギャモン〕


美しいピアノの生演奏が奏でるのは、ロマンティックなチャイコフスキーの調べ。
小品を繋げ、うまく演劇的なバレエに振付け仕上げたのは、様々な傑作を生み出したマクラミン氏です。
私は物語もよく知らず、この作品も初めて目にしましたので、バレエでこのような世界も作り上げられるのかと大変感心しました。本当に演劇的なバレエ。
全体的に黒っぽく暗い照明の中、浮かび上がる様々な登場人物達のそれぞれの心の動きを繊細に描いている作品。
ピアノの小品が終わるたび、違う人物にスポットが当てられます。登場する誰もが満ち足りておらず、何ともいえない切なさを静かに訴えかけてくるような印象を持ちました。

久しぶりに観たギエムは、前よりもまろやかに見えました。以前は、あの完璧で強靭な脚ばかり印象に残っていましたが、背中やこんなに手や腕の表情が美しいとは!  改めて感心しました。
ギエム演じる次女マーシャは、ダウエル演じる田舎教師で実直な夫、クルイギンに満足できず、駐留中のヴェルシーニン中佐と恋に落ちてしまう。
ギエム=マーシャは、夫に対して悪いとは思いつつも、完全に心は冷めていて、若いヴェルシーニンとの恋に突き進み、でもいざという時には躊躇しながらも、心には逆らえず深みにはまっていく姿を熱演していました。
ギエム=マーシャは、夫との生活から逃れたい一心で、クルイギンに対してはかなり冷たく軽んじてさえ見えました。

その分、ダウエル演じるクルイギンの風貌、不器用なまでの人の良さが浮き彫りにされ、観客はより哀れに感じてしまいます。このダウエルが何といっても素晴らしい。
愛している妻が、自分に心が完全に離れていってる事をわかっていながら、怒ったり、憤るよりも、苦しみながら愛し続け、別れることなどとうてい出来ない…。
それ程愛しく思って苦しんでいる姿が、ギクシャクした彼のソロを観ていると何とも心が痛くなってしまいます。
多分観客が最も哀れに感じたのは、ダウエル演じるクルイギンでしょうけれど、ある意味“うざったさ”も見事に演じておられて、あんな風に思われすぎるとマーシャにも同情心が沸いてしまいますね。

しかし、ヴェルシーニンと別れ、辛く絶望的な気持ちでいる妻を元気付ける、“あの演技”(おどけたピエロのまね?)は涙モノ…。
マーシャは救われたのでしょうか? “あれ”は何の救いにもなりませんね。
もう女性は居たたまれず逃れたくなるでしょう。
今回、ダウエルの演技を観れたことは、本当に宝物になりました。

この日のヴェルシーニン中佐を踊ったのはマッシモ・ムッルです。
このような表現力を要する舞台に最近しばしば登場してくださるのですが、私が見たこの日は、けして悪いと言うわけではないのですが、なんだか踊りが重ためで、キレていなかったような…。(ソロでは着地音が大きかったし)
演技は、特に感情が湧き上がってくるような、心に迫るものがそれほど伝わってこず、淡々とした舞台から、はみ出してくる何かが、今回あまり感じられませんでした。
ギエムとのパートナーシップも、2人が本気でぶつかり合って作り上げた演技というより、少し相手にまだ遠慮がみられるような…。

でもムッル氏の切なげな表情は好きなのよねぇ…。(長髪時代はもっとイケメンだった)
後の演目、アルマン役の時はどうなのか、評判が高いだけに観てみたいですね。
余談ですが、今回は、衣装もカッチリした軍服で、以前「プティガラ」の時、書いたように、『戦場のピアニスト』のエイドリアン・ブロディにそっくりと、あらためて舞台を観ながらまた想像してしまったわ…。
(音楽もピアノのだったし)あっ、勿論マッシモの方がいい男ですよ。余談でした。

他に、物語の中で、三女イリーナ(エマニュエラ・モンタナーリ)を廻ってトゥーゼンバッハ(ルーク・ヘイドン)アンドレイ・プロゾロフ(マシュー・エンディコット)の恋の争いが見ごたえありました。
全く性格の異なるタイプの男2人、一人はさえないが真面目で優しそうなタイプ、もう一人はすぐに熱くなるような感情的になるタイプ、最後は決闘までして破滅的に終わります。
イリーナ役は可憐なイメージそのもので陰鬱な舞台の雰囲気の中、娘の輝きが見られました。
男2人はこの物語の中のもうひとつの核となるべき、素晴らしい演技で、わざわざギエムが連れてきた方だと納得できる演技を見せてくれました。
俳優さながらの説得力で、登場場面はどれも面白く見ごたえ有るものになっています。

長女オリガ役のニコラ・トラナも落着いた演技で役をとらえて、久しぶりに観たのですが、とても良かったですね。
彼女はロイヤルバレエ『うたかたの恋』の美貌の皇后エリザベート役を、印象的に演じていたのを覚えています。
抑えた演技の中にも感情の流れが手に取るように解りましたし、彼女の置かれた現実の空しさや色々気使う細やかな優しさが要所に伝わってきました。

最初と最後の彼女たち三姉妹でじっと抱き合うポーズは絆の強さ、共に境遇を支えあう象徴のように余韻となって目に焼きつく程印象深かったです。

ただ、この舞台、最終場面へのストーリー展開が急激過ぎて、気持ちよく見ていたら、突然終わってしまった印象。どうも全編でなかったみたいですが…。
盛り上がりがあるというより淡々とした舞台ですね。
物語に浸りきれなかったのは、ストーリー展開と終盤のせいかもしれません。もう少し描いてほしかったですね。不満はその部分だけ。
そして何だか、この作品の演劇版も観たくなってきました。



【マルグリットとアルマン】


マルグリット:シルヴィ・ギエム、
アルマン:ジョナサン・コープ、
アルマンの父:アンソニー・ダウエル、

〔指揮:ディヴィッド・ガーフォース〕


英国が誇るバレリーナ、マーゴット・フォンティーンとパートナーの、ルドルフ・ヌレエフの為に、F・アシュトンが有名な題材『椿姫』もとに振付けた作品。
オペラとは違い、作曲がヴェルディではなく、フランツ・リストの曲を使用していました。
東京公演は、ピアノソロ演奏ではなく、ピアノ&オーケストラということになりましたが、けして、ピアノの音の邪魔になるような、大音量ではなく、どちらかというと、ピアノの比重が高いアレンジになっていました。
ですので、危惧していたオケ版ですが、繊細な趣は残されていて、詩的に思えるピアノソロ版と大差は無いのではないでしょうか。(ピアノ版を聴いていませんが…)

この演目、とてもスピーディな話の展開とはいえ、マルグリット役ギエムの、場面に応じた素晴らしい演技を、堪能する事が出来ました。また、アルマン役のジョナサン・コープがとにかく素晴らしかった。ほんとに感心しました。

プロローグではまず、病床のマルグリットの回想場面から入ります。
舞台装置は全体に木の素材を組み立てたようなあっさりした枠に、白い大きな薄い布を天井から垂らした簡素なもの。 
どの場面も、基本的に白い色彩をベースにしていました。

そして、出会いの場面の赤いふわりとしたドレスを着たギエムと颯爽と登場したコープ。
ここで、ギエム以上にコープに魅せられてしまいました。
見るからに貴族的で育ちの良い雰囲気その上、若さがみなぎったアポロンのように登場するんだもの!
なかなか、このような正統派な美しい方って珍しいですよね。現われたとたん感動してしまいました。しかし、あっという間に次の田舎暮らしの場面へとどんどん展開していきます。

田舎での場面。ギエム衣装は白くてリボン飾りの付いた可憐な雰囲気。
アルマンの父から息子の将来の為に別れてくれと告げられ、辛いながら受け入れてしまう。
その後、アルマンが戻ってきてのギエム&コープ息のあった踊りは、切ない気持ちになる程、母性を秘めたような優しげなギエムの表情、柔らかな動きに、彼女の新たな魅力を感じました。
アルマンと別れなければいけない事を確信して、最後に愛を込めて踊る、演技、表情、全てにグッときました。
そしてマルグリットの愛に包まれたアルマン=コープはまだ大人とはいえない少年のようで、何も知らず幸福の中に包まれています。
そしてマルグリットは何も言わず去るわけです。悲しい…。

侮辱の場面。とあるパーティー会場に公爵に伴われたマルグリットは黒のドレス、豪華な宝石を身に付けて登場。
そこでパッタリ、別れたアルマンに出会いますが、裏切ってマルグリットが出て行ったと思い込んだアルマンはマルグリットを強烈に罵り辱めてしまいます。
いやぁー圧巻でした、この場面。コープの怒りに任せた激しい演技のさることながら、あの乱暴なまでの2人のパ・ド・ドゥは、そうとうに息があったパートナーでないと、かなり難しいと思いますし、それにしても凄かった。振り回しまくり…。
アルマンの根深い怒りにただ耐えるマルグリット。とても見ごたえありましたね。

椿姫の死の場面。衣装は膝下まで届く薄手の白っぽいジュリエットドレス。
再びプロローグ場面に戻り、病に苦しんでいるマルグリットは苦しい息の中、幻が現われては消える末期的な症状です。
本当に苦しそうに喘いだ姿は、先程の華やかな姿をしていた人とは考えられないほど弱って見えました。
死を待つだけの彼女の前に、全て事情を聞いたアルマンが現れ、こと切れるまでの哀切に満ちた踊りは、本当に弱った姿に見えましたし、2人の役に対して思いを込めた演技は、会場全体に感動として伝わったと思います。最後まで場面ごとに見事に演じきってくれて、満足できました。

普段の趣とは違うバレエでしたが、ギエム、ダウエル、コープ、ムッル、他、演技派がこの様に揃うのは、極めて稀だと思いますし、楽しめました。
出来れば、今回のような短縮版でなく、きちんとした形で見たかったですね。3演目じゃなくてもいいので…。


【カルメン】―特別ハイライト版―

カルメン:斎藤友佳理、
ホセ:首藤康之、
エスカミリオ:高岸直樹、
ツニガ:後藤晴雄、
運命(牛):遠藤千春

〔指揮:ディヴィッド・ガーフォース〕


この『カルメン』という作品は、有名な現役バレエダンサーのマイヤ・プリセツカヤが企画・初演した記念碑的作品で、彼女の為に旦那様である作曲家シチェドリンが、ビゼーのオペラ『カルメン』用い、さまざまな打楽器等組み合わせてバレエ用に作曲(編曲)したもの。
当時のソビエト社会体制と“自由”との戦いも連想される内容になっています。
(振り付けは、アルベルト・アロンソ)

そういった意味でもプリセツカヤの強烈な個性が引き立つように仕上がっている為、カルメンを踊るプリマは、他を圧倒するような存在感が必要とされると思います。
私がこの演目を観るのは、インペリアルロシアバレエ団に草刈民代さんが客演した2001年以来2度目でした。

で、今回の東京バレエ団の『カルメン』ですが、正直、心にぐっとくるものが無かったですね。
『カルメン』の書物を読んだ人は少ないと思いますが、この話を知らない人はあまりいないのではないでしょうか。ですので、観客が皆それぞれ一定の“カルメン像”をイメージして観ていたと思われます。

斎藤友佳理さんの「カルメン役」ですが、あまりにもウエットで甘いというか、女王ぜんとした強さとが無く、ホセを誘惑するのも、残念ながらただ媚び諂っているように見えてしまいました。一生懸命に彼の様子や表情をうかがって、気を引こうとしている感じ。
そんなに色々表情を作って演技をしなくても、有無を言わさず、ホセがたまらなくなって引きつけられるような、圧倒的な個性、女王のような威厳がほしかったです。

でも私は、斎藤さんの柔らかな雰囲気、繊細さが大好きですし、『ジゼル』では涙し、可憐な『シルフィード』に心から感嘆したのを覚えています。
今回のカルメン役はちょっと違和感を持ってしまいましたが、斎藤さんは表現力のある素晴らしいダンサーだと思っていますし、新しい役に挑戦することは良いことだと思います。ただ役を選んでほしかったですね。勿論もっと踊りこめば、今より素晴らしくなるとは思いますが…。

ホセ役の首藤康之さんは、少し前に客演したAMPの『白鳥の湖』のスワン役で急激に前よりさらに人気が沸騰したダンサーで、期待を持って拝見しました。
脚先、手の表情は相変わらず美しいと思いましたが、破滅的人物のホセという役を演じるには、表現に押しが無いというか、薄味というか、今回はあまり印象に残らない感じでしたね。

本当に裏切られて殺さなければどうにもならないほど、盲目的にカルメンを愛したのか?という疑問が湧き上がってきました。
もう少し追い詰められていった苦悩と葛藤の姿を濃くみせてほしかったですね。
これからさらに深く役柄を掘り下げ、観客の心に強く訴えかけて欲しい。
私は個人的に、首藤さんの個性にホセ役はきっと合うのではと思っています。
彼はAMPの時など独自の役作りをうちだしてが素晴らしかったですし、色々な役を演じるのを観るのは、大変楽しみです。

舞台全般を観た印象は、やはり皆さん薄味気味で個性的ではありませんでした。
通常と違うハイライト版のせいかもしれませんが…。
衣装の質感、素材感もちょっと軽すぎる感じ。
オケは生で迫力がありました。この音楽の特徴であるユニークな打楽器の音は突飛な感じもありますが色々楽しめて良かったです。


【おまけ】
オペラ『カルメン』の歌詞の訳を書いておきます。役の個性がよく理解できると思いますので…。

《恋は掟なんか知ったことじゃない。好いてくれなくても、あたしが好いてやる。あたしに好かれたら危ないよ》「ハバネラ」より、

《カルメンはいうことなんか聞かない。自由に生まれて自由に死ぬのよ!》
「終幕、ホセに迫られて殺される前の歌詞」、

《(エスカミーリョの事を)好きよ!好きよ!死ぬ時であっても好きと繰り返して言うわ!》
〔カルメン役〕、
≪強くて激しい、でも潔さも感じますよね≫

《カルメン、お前が好きだ、好きなんだ!お前が喜ぶなら山賊でもなんでもするよ。どんなことでも、ね、何でもするよ! だから別れないでくれ…おぉ 俺のカルメン。昔を思い出してくれ…愛し合っていたじゃないか!別れないでくれ カルメン…あぁ…》
「最後にカルメンに愛を迫る」〔ホセ役〕、
≪これは最後のホセの歌のセリフですが、もう凄い必死になって愛を請うていますね≫

今後、どうかさらに熱い舞台を期待してます!