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2003年05月30日(金) ■ |
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◆K-BALLET COMPANY 『白鳥の湖』(全4幕) 熊川哲也、デュランテ、ペレーゴ、キャシディ、他 |
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《演出・再振付: 熊川哲也》
オデット: ヴィヴィアナ・デュランテ、 オディール: モニカ・ペレーゴ、 ジークフリード王子: 熊川哲也、 ロットバルト: スチュワート・キャシディ、
家庭教師: サイモン・ライス、 ベンノ(王子の友人): ジャスティン・マイスナー、 王子の友人達(パ・ド・トロワ):松岡梨絵、榊原有佳子、ヒューバット・エッソー、
〔舞台装置・衣装: ヨランダ・ソナベント、レズリー・トラヴァーズ〕
去年上演された大作『眠りの森の美女』の次にK−Balletが選んだ作品は『白鳥の湖』でした。 ポピュラーで誰でも知っているこの名作を、熊川版ではどのように仕上げたのか興味深く拝見しました。 何しろ、見てみない事には美術や演出も予備知識が無かったので、とにかくニュープロダクションは全てにおいて楽しみです。 会場の雰囲気は、他のバレエを観に来るときよりもワサワサとした感じで、皆本当に華やいでいました。 女性がとても多いので、化粧室行列もズラリ。もっとも、休憩は1度きりなので集中してましたが…。 《*熊川版は(1&2幕)休憩(3&4幕)という進行》
全体の印象というと、まずソナベント氏による舞台美術と衣装に目がいき、それと音楽が、かなり編曲されていたのが、あれっと思いました。曲の登場配置を変えるというより、フレーズを繰り返したり、短くしたりと...。 その部分も含め、熊川氏はストーリーの解りやすさに徹した演出を心がけているようでした。 さらに、つくづく思ったのは、進行・演出はブルメイステル版(この版好きです)を意識しながらも終始ロイヤル風でしたね。(当たり前か.) また、全編あまり悲劇的で重い雰囲気ではなく、『白鳥〜』を観た時に感じる切なさよりも、別の作品を観た時のような爽快さが残りました。 振付も見ごたえあるようにつくられていたようです。
【序章】 悲劇の予感をさせる前奏曲が流れだすと、舞台中央の紗幕を使い、オデットが悪魔ロットバルトにより「白鳥」の姿に変えられてしまうところが丁寧に描かれていました。悪魔に捕まり、くるっと回転したら、すぐ白鳥に。
【第1幕】と美術 まず美術。各パーツ金色のフレームが針金細工のように天井、左右に配されて、これは近代西洋風に見え、かなり目立っていました。 それに和紙で作った花ような飾りが付けられていたり、他にも色々細かく手がこんだ装飾が付いていました。 しかし踊る場所が無くなる程大きな装置は無くその辺は考慮されていましたね。 後の2幕では、ごちゃごちゃ飾り立てておらず、抑えた透明感のある色調で神秘的な背景でした。
しかし、ヨランダ・ソナベント女史のこの美術装置、全編に言えますが、御自分がかつてロイヤルバレエのダウエル版『白鳥〜』で使ったテイストとほとんど変わり無い様に見えます。(彼女の個性でしょうけれど)ロイヤルの『白鳥』を観た人は、そっくりと感じるのではないでしょうか。 でも“あれ”より、明るく、さっぱりとしてグロテクスさは抑えられています。 パンフによると熊川氏は、賛否のあった、かつてのロイヤルの『白鳥』美術が大好きだそうですので、そのテイストを生かしたのでしょうね。 私は、アートとしては良いと思いますが、この物語世界を描き出す風景としては、あまり好みではありません。 作品として、強くてとても綺麗ですけど、ストーリーに入り込んで観るには、邪魔に思えてしまう。(ダンサーよりも美術に目が…) でも人それぞれの好みの問題ですので、好きという人の気持ちもすごく解ります。 まぁ、バレエの代名詞のような作品で、オーソドックスな美術を選ばず、あえて挑戦的なものを選んだ事は、新しいバレエファンの裾野を広げる上でも有意義だったと思いますね。
さて、K-BALLET COMPANYは、まだ、人数的に多くは無いので、始まって直ぐのワルツも少人数です。でも、その分踊りに関しては、1人あたりのスペースが広いので、結構パワフルな振付になっていて見ごたえあります。特に男性はジャンプを多用したり、スピーディーで元気よく見せ場を多く作り出していました。
王子の熊川さんは、深いブルーのドイツ風なトップスに白タイツ、所謂王子としてオーソドックな衣装。王子らしく演技して役作りをしようというより、自然で快活、生き生きとした“熊川氏そのもの”な印象でした。好奇心もあり、和やかで明るい等身大の若者像という風に見え、高貴というより身近な感じでしょうか。 作品ごとに、王子像を演じ分けられているようにはあまり見えませんが、今後さらに演技を深めていく事に期待して観ていきたいですね。 また、会場は「彼」とこの作品を楽しもうとする空気に包まれ、相変わらずの素晴らしい踊りを目の当たりにして、観客は喜びを感じていたと思います。
この熊川版では、伝統的な王子の友人「ベンノ」が登場します。衣装は上がグリーンで普通にシンプルなもの。 均整のとれたスタイルのジャスティン・マイスナーが1幕では中心的に活躍していました。踊りもチャーミングで伸びやか、私といっしょに観劇した人は、彼を気に入っていたみたいです。(笑) プロフィールを観ると、K-BalletではFirst Soloistで、元は英ロイヤルバレエのソリストを務めていたとの事。 2幕最初、狩に向うところや、「白鳥達との出会い」の場面も王子だけでなくて、いっしょにオデットを目撃、常に王子と共にというのも、ロイヤルっぽいですね。 (余談ですが、古いロイヤル「白鳥」では、王子とオデットのグラン・アダージョも王子・オデット・ベンノの3人で踊っていたものもあります。とても重要な役ですね)
また、道化的な観客を沸かす役割で、ベテランのサイモン・ライスが家庭教師を演じていました。いや、これが良かった。演技力も素晴らしい上に、アッと驚くダンスを披露してくれますよ。
その他の登場人物、貴族達の衣装は、派手過ぎず、選び抜かれた色という感じで、綺麗でした。パ・ド・トロワがとても素敵。
【第2幕】 抑えられた色調の背景でリアルに風景を書き込んだものではありません。ボワァーとした、透明水彩の藍色やグレーなど微妙な色合いを薄く塗り重ねたような、やはり、少しロイヤルのものに似ています。
狩にやってきた王子とオデットの出会いですが、何だか、神秘的ではありませんでした。 通常良く見る《情景》の音楽にのって「白鳥」のミニチュアが水面を滑るように移動する“あれ”がなく、突然飛び込むような勢いでオデットが登場するのです。ちょっとあの入り方が…。 さらに、ロイヤル伝統のマイムによる表現。オペラ座の方もやりますけど、身の上を語る一連の表現が、どうも好きになれないのです。 デュランテのオデットは、表情や腕の動きは丁寧にされていたと思います。ただ、今回は白鳥役だけなので、どうこう言えないのですが、得意の情熱的な演技主体のバレエと違って彼女の良さを前面にアピールできたかというと、1役だけでは何とも…。 たっぷりとした演技は悪く無かったですが、オデットの切なさが後々まで響くほどの印象には残りませんでした。 オデットの衣装は、定番の白いクラシックチュチュですが、羽毛に見えるように沢山のギザギザに薄い生地が張られてすごく美しいものでした。衣装のつくりは、英国ならではで素晴らしい。
ロットバルト=スチュワート・キャシディは迫力といい、演技力といい、さすがです!! 彼が踊ったり、動きを見せるたび、何ともいえない空気感や際立つものがあり、何か違うのですよね。強面メークもバッチリ。 彼が王子役としてバリバリ演技するK−Ballet版『白鳥〜』も是非観てみたいと思ってしまいました。再演するときは是非!!
そして群舞の白鳥達ですが、やはりロイヤル風の膝丈くらいのチュチュで脚全体が見えずガッカリしてしまいました。形はふわっと裾が広がっているのではなく、丸みを帯びた形になるよう裾の部分が少しすぼまった形です。 そのフォルムは本物の白鳥の曲線的な姿を模して制作されたのかと私なりに考えましたが、やはり見慣れているノーマルでシンプルなチュチュ方が場面的には美しい気がします。あの、沢山の布を重ねた衣装は、軽やかでなく動きを観る上では何だか重たい感じです。 踊りはあまり印象に残らなかったかな。人数も多くありませんでした。
王子、オデット、群舞が揃う場面も、あまり哀愁感がただようというより、王子は物事に前向きで悲壮感はない、「任せてよ」的な大らかさを感じました。 2幕の照明はそんなに暗くなく神秘的というより、ちょっと日が暮れた程度の暗さですね。
【第3幕】 祝賀舞踏会の場面は煌びやかというより独自の怪しさが漂う雰囲気。 1幕の美術をさらに濃密にして、まるでカーニバルか狂乱の宴を連想させるものでした。 ただ、色彩はあまり鮮やかなものをたくさん使わず、シックな印象。光モノも使っているので皆、ライトに当たると、質感が変わり綺麗に見えます。
各種踊りが披露されますが、6人の花嫁候補が踊る場面で、独自の演出がされていました。王子は既にオデットに心を奪われていたのでこの“お見合い”は気がのらないのですが、女王の手前、彼女達と踊らなければなりません。
この場はまず3人の花嫁候補と暫らく普通にワルツを踊り、「何かへん…6人のはずが…」と思っていると、急に音楽が止まってしまいます。「えっ!何で」と思ったら、また始めから音楽が鳴り出し、残りの3人と、また前の3人が再び踊りだすというもの。 音楽も違和感ある途切れ方をしますし、何か流れに対して引っかかったような印象ですが、あえてそれは、受け入れがたい王子の心情を、強く印象付ける効果を狙ったのではないでしょうか。 手に持った豪華な仮面(ヴェネチアのカーニヴァルの時のような)で顔を隠し、途中で顔を見せる演出は何とも魅惑的でした。
オディール=モニカ・ペレーゴと騎士姿のロットバルトの登場。 モニカさんは、ENBで来日した時に、やはり熊川氏と組んで、『白鳥〜』を踊ったのを観ましたが、テクニックのある上手なダンサーくらいしか記憶に残っていません。 それで今回拝見して、いやぁ、こんな個性的なダンサーだった? と驚いております。 なんていうか、とても筋肉質な上半身で動きはバネのように弾む感じ、すごく機敏で良く動いているんですね。 オディールだけの登場なので、ちからが温存されていたのを一気に爆発させたかのように強烈な個性でその場を圧倒していました。それに、表情も強く威圧的で、自信に満ち溢れたオディール像でした。 役作りに曖昧な部分がなく、自分が踊りたいと思っているオディール像を、完璧にこなしていたからこそ、観客にも意図が伝わって大きな拍手を得られたのではないでしょうか。
コーダのフェッテも余裕で、軸もほとんどぶれず、安心できる技術をもった方ですね。 白鳥姿を見ていないので(前回のは忘れてしまった)、逆に叙情的な踊りが出来る方か想像が出来ないほど、今回は良い出来だったと思います。 オディールの衣装は黒一色ではなく、チュチュの表面に、白か薄い別の色が羽のように張っていました。
そして、王子のソロは、チャイコフスキー・パ・ド・ドゥの音楽を使用していました。 (私もこちらの音楽の方が好き) さすがにソロの踊りは伸びやかで、滞空時間の長いジャンプも健在です。 熊川氏の特出した技術を観た観客は、オォーとか、うわぁーとか自然とため息が漏れてました。1幕でも少し踊りますが、あれよりもこの場をメインとばかりに、たっぷり魅せてくれます。 観客も待ちに待った楽しみな場面ですよね。
【第4幕】 オディールに愛を誓ってしまった王子は、悲しみにくれたオデットを追って、再び湖に向います。 通常は長い白鳥の群舞は、ここの版では何だかとても短めになっていました。白い白鳥だけでなく、グレーも混じっています。 群舞が短い分、ロットバルトの激しい踊りが際立ち、改めてキャシディの迫力ある存在感に目が奪われます。体格が大きいこともありますが、役の表現もとても際立って素晴らしかったですね。
王子、オデット、ロットバルト、白鳥達、入り混じっての終幕は大変盛り上がっていました。最後は、舞台に設えてある崖の上から身を投げ、悲劇的に終わったかに見えましたが、エピローグで舞台中央に王子、オデットが永遠に結ばれた幸せそうな姿が明るく浮かび上がり、すっきりと爽やかな印象を残して幕となりました。
観終わって、通常のクラシックな『白鳥〜』を見た感じがしない不思議な感覚の作品。ウエットではなく、誰でも楽しめる作品という感じですね。 アート的にも面白いですし…。 哀愁、ドップリ、濃い演技が好きな方には、少しライトだったかもしれません。(私はもう少しディープ希望) でも出演者が違ったら、全く別の印象になるでしょうから、それも是非観てみたいですね。 あと、相変わらずパンフ代3,000円は高いと思いますが...
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