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では、主役はだれか。
主役はリチャード獅子心王でもなければ、
騎士でもなかった。
「シオンの娘」、ユダヤ人の美女レベッカである。
傷ついたアイヴァンホーの命を救い、お互いに惹かれ合うが、
宗教と人種のちがい、アイヴァンホーにはすでに婚約者がいるなど、
容易に超えられない壁があって、レベッカは潔く去ってゆく。
ロウィーナからすれば恋敵でありながら、 その彼女に対しても、礼儀を尽くして去る聡明な美女。 長い物語のなかで、ロマンスが主題とされていることは 知っていたが、てっきりロウィーナとアイヴァンホーの話だと思っていた。 しかし、最後には結婚するものの、二人の関係には何ら、表面に出る深い交流が見られない。 アイヴァンホーとそういう関係になるのは、窮地を分かち合ったレベッカであり、 それでもなお、レベッカは人種的な偏見を感じ取る。
レベッカには先祖より伝わる医術の心得もある。 レベッカの唯一の身内である老いた父は、「ヨークのアイザック」と 呼ばれる、典型的なイメージの、ユダヤ人の高利貸しである。 知名度ではシェイクスピアの『ヴェニスの商人』に登場するシャイロックや、ディケンズの『クリスマス・キャロル』のスクルージと並ぶのではないだろうか。
迫害されつづけてきたユダヤ人の運命は、財産があっても不確かで、 時の権力者に利用されながら、強い同族のネットワークで未来に希望をつないでいる。
黒髪のレベッカ、彼女の性質は、こう描写されている。いざという時に強いタイプである。
ほかの境遇であったら傲慢にもなり、生意気になり、片意地にもなったかもしれなかった気性が、おとなしくなり、どちらかといえば間違いのない判断をするところまで折れていた。(下巻10Pより引用)
一方、金髪のロウィーナ姫は、こんな感じ。危機にのぞんでは、あまり役に立たない。 まさに陰陽好対照というか、相手に不足はないだろう。
生まれつきの性分は、人相見が色白の女の持ち前と思うもの、つまり、おだやかで、臆病で、やさしかった。しかしこの性分は育ったまわりの情況のために焼きを入れられ、まあ固められたといってよかった。(中略)姫の尊大、いつも人をさしずする習慣は、生まれつきの性分につけ加えられたこしらえものの性分であった。(上巻365Pより引用)
さらに、レベッカとの報われない恋によってウェイトが高まるのは、暴力的な悪人として描かれる御堂の騎士ことボア・ギルベールである。最初登場したときの血も涙もない無情ぶりはサイボーグのようだった。それが、レベッカに出会って苦悩するものの、さりとて恋のために名誉や命を捨てるほどの善人にはなりきれず、レベッカにも冷たくされ、振り回され、破滅に追い込まれてゆく姿は、まさに人間的。
そしてもう一人、敵に捕らわれて老いた悲劇の美女ウルリカの最後。彼女がいなかったら捕らわれた主人公たちは救われなかったかもしれないほど重要な立場にいる。『アイヴァンホー』は女性達の活躍にもかなり重点が置かれているし、御堂の騎士とウルリカという絶望的な運命を背負った二人がいなかったら、物語はずっと生彩のないものになっていたことは確かだろう。
そういう意味では、当時の女性読者にとって、表向きは騎士道華やかなりし世界の物語でありながら、裏で活躍するのは芯の強い女性たちなのだから、かなり溜飲が下がったのではないだろうか。
→その3へつづく
(マーズ)
『アイヴァンホー』(上・下)著:サー・ウォルター・スコット / 訳:菊池武一 / 出版社:集英社2005
2003年10月11日(土) ☆「ハロウィーン」を、ミッケ!
2002年10月11日(金) ☆オオヤケの本棚。
2001年10月11日(木) 『コレリ大尉のマンドリン』
2000年10月11日(水) 『君について行こう』
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管理者:お天気猫や
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