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夢の図書館新館

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-- 2005年01月25日(火) --

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『キャノン姉妹の一年』

☆寒い日の温かなスープのような、そんな一冊。

勧められて、初めてドロシー・ギルマンの本を手に取った。 近所の本屋さんに唯一あったのが、この本「キャノン姉妹の一年」。

物語は、1950年代頃。 両親の死により、離ればなれに暮らしていた姉妹が、 叔父さんの残してくれた田舎の湖畔の家で一緒に暮らし始める。 姉のトレイシーは、ニューヨークでの華やかな生活を捨て、 妹のティナは孤独な寮生活から逃れて。 原題は「THE CHALICO YEAR」 キャラコ(木綿)の服を着るような質素な生活という意味とのこと。 実際、何も持たずゼロから始まった二人の生活は、 自給自足でつましい生活を強いられる。 けれど、二人はマサチューセッツ州バークシャー郡の自然の中で、 何ものにも代え難い大切なものを見いだしていく。

この物語の魅力は、いろいろあって、 何から取り上げようかと、迷ってしまう。 私にとっての一番の魅力は、「安心感」 それぞれに傷を抱えた二人が、やがて癒され、 大切なものを自分の中に見いだしていく。 回復の物語がもたらす幸福感は、 現実のストレスも、少し軽くしてくれる。 「安心感」の源は、作者のまなざしの温かさ。 「約束された幸せ」へと、一気に読み進んでいく心地よさ。

二人を取り巻く登場人物も、それぞれに魅力的だ。 二人は成長していくにつれて、隣人を見る目も変わり、 人の本質に触れることができるようになっていく。 たとえば。 初めてあった時には、意地悪で他人に容赦ない人物に見えた ミセス・ブリッグス。 ティナは、彼女の中の誇り高く、正直で不思議な不屈さに気づく。

ミセス・ブリッグスの人生は、バークシャーの草地に威風堂々と 存在する岩山よりも決して美しくはないかもしれないが、彼女は それを耕し、種を蒔き勇敢な小さな収穫を得たのだ。(略) 頭のいい人なら、彼女を尊敬するだろう。だが賢い人なら、彼女 が経験したことをうらやましく思うだろう。(引用)

また、ミセス・ブリッグスがどのような人物か理解できるように なったトレイシーは、彼女の意見を大切に受け止めている。

ミセス・ブリッグスは長年一人暮らしをしてきたが、視野を狭め るどころか反対に広げてきているのだ。(略)ミセス・ブリッグ スが意見を言うときは、完全に偏見から自由であると知っている からだった。その厳しさは、彼女の孤高さからきているもので、 高いところから下を見ている鷹のように、厳しいけれども共感を もって隣人たちを見ているのだ。(引用)

それから、もちろん、自然の美しさ。 厳しい季節があるからこそ、いっそう引き立つ春や夏の豊かさ。 厳しさの中にある荘厳な自然の美しさ。 季節それぞれの喜びがつづられている。

彼女たちはそれまで一度もこれほど素晴らしい自然の輝きを見た ことがなかった。黄色は銅色でもないし磨きたてられた黄銅でも なく、むしろ新鮮な金色のバターの豊かな色で、木は紅葉した葉 が太陽に照らされて、真っ赤に燃えているように見えた。秋のタ ペストリーは、目の届くかぎり続いていた。あたかも天の芸術家 が絵の具のしたたる筆とパレットを持って、自然の中を塗りたく って通り過ぎていったかのように。 「インディアン・サマーね」ティナが言った。そして教会に行く ための服装をするのに、スーツではなくシルクのドレスに手を伸 ばした。(引用)

気に入ったシーンを書きあげれば、切りがないほどに、 心惹かれる情景がページいっぱい広がる。 自給自足の二人が、畑に何を植えるのかを相談している。 ティナがハーブ畑を作りたいと言って、次々とハーブの種類を 読み上げる。 数え上げると27種類。 おなじみの知っているハーブもあれば、「ジョニー・ジャンプ・ アップ」や「ランニング・マートル」のように、いったいどんな花が咲き どんな香りがするのだろうと、想像もつかないハーブもある。 しかし、次々にティナが上げるハーブの名を聞き、トレイシーは

「ふーん。いい名前ね、どれも。オールドファッションでみんな いい香りがしそう。昔覚えた、たったひとつ、そらで言える詩を 思い出したわ。とてもすてきな詩よ。」(引用)

と、その後に美しい詩の暗唱が続く。 引用した文章はほんとうに何でもないところばかりだけれど、 こういう普段の生活の中の、何の飾り気もない場面の美しさに ページをめくる手が止まってしまう。

私にとっての大事な言葉、美しい言葉はまだまだたくさんあって、 ほんとうに切りがない。 美しい言葉というと、「ひと月の夏」を思い出す。 ジャンルは違うけれど、片田舎の自然の中で青年が癒され、 回復していく美しい物語で、 この本の中にも大切な言葉がたくさん詰まっていた。 それから。 自然の美しさや。人と人との結びつき。 若い娘が自分自身を見つめ、やがてたどりつく幸福。 そういうエッセンスを並べていると、 ロザムンド・ピルチャーにもたどり着く。

「キャノン姉妹の一年」は、ドロシー・ギルマンの初期の頃の作品で、 今後も続けて数冊、初期作品が訳出されるという。 しかし、私にとっては、これがドロシー・ギルマンの一冊目なので、 幸せはまだまだずっと続く。(シィアル)

出会いのきっかけを、ありがとうございました。

(追補)「ジョニー・ジャンプ・アップ」は三色ヴィオラの種類、 「ランニング・マートル」は「ツルキキョウ」「ヒメツルニチニチソウ」の ことだとわかりました。


「キャノン姉妹の一年」著者:ドロシー・ギルマン / 訳:柳沢由実子 / 出版社:集英社文庫2004

2002年01月25日(金) 『時の旅人』
2001年01月25日(木) 『フローリストは探偵中』

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