HOME*お天気猫や > 夢の図書館本館 > 夢の図書館新館
旅先の書店で手に取り、「これを探していたのだ」と 思えるような出逢いだった。 何せ、この一冊を選ぶまで、ずいぶんさまよったので。
そして、読んでいる間ずっと、私のなかの子どもの心が サトクリフの子どもたちや人々と交歓し、 真冬の寒さを忘れさせてくれた。
訳は新しいがサトクリフ初期の作品で、「第九軍団のワシ」より 3年前の1951年に出版されたそうである。 これから少しずつサトクリフを読んでゆく予定なのだが、 その最初にこの作品を読むことができて、幸せだった。
一六世紀ロンドンの下町を舞台に、 田舎から出てきた親のいない少女タムシンが、 いとこ達の住む、通称「イルカの家」で受け入れられてゆく日々を ていねいに描いた珠玉作品。
誰も意地悪な人は出てこないし、本当に大変な事件も起こらない。 けれど、真珠のつぶのように連なった日々の移り変わりは、 どんな波瀾万丈の冒険よりも、深く心に碇を降ろす。 本のなかで大きなモチーフとなっている『船』のように。
同じ英国人とはいえ、 サトクリフのなかに、これまではまったくちがうイメージを 抱いていたA・アトリーを見たかのような思いである。
それにつけても、思う。 このような珠玉の作品を、もし、すでに作家として名を成した人なら 世に問うこともできるだろう。しかしもし、そうではない作者が 出版しようとしたら、日本では自費以外に、 いったいどんな方法があるのだろうか、と。 出版社は持ち込みをほとんど受け入れていない。 エージェント制度もまだまだ未熟だ。 作家になるには、特にコネがなければ、文学賞の新人賞を取るのが早道というか、 それしかないような風潮のなか、そうなると選ばれるのは 扇情的で厭世的で複雑怪奇な殺人的志向の作品や、人間性や母性を疑わせるような、 あえていえば、神をも畏れぬ作品が常連になってしまいかねない。
もちろん日本には、そういう作品ではないものを求めている人もいる。 しかし、そうした声は、出版の世界にはなかなか届かないようだ。 「イルカの家」のような作品が、児童書という枠の中だけでなく、 私たち大人の求めに応じて、世に出られる状況を願っている。
この作品によって与えられた静かな癒しは、何年もつづくだろうし、 私はこれですっかり、サトクリフ贔屓になってしまった。 (マーズ)
→「イルカの家」その2へつづく。
「イルカの家」著者:ローズマリー・サトクリフ / 訳:乾侑美子 / 絵:C・ウォルター・ホッジズ / 出版社:評論社2004
2004年01月19日(月) 『死体が多すぎる』その1
2001年01月19日(金) 『ガラスの城』
>> 前の本 | 蔵書一覧 (TOP Page) | 次の本 <<
管理者:お天気猫や
夢図書[ブックトーク] メルマガ[Tea Rose Cafe] 季節[ハロウィーン] [クリスマス]