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忘れ川、とはいったいどんな川なのか。 タイトルを目にしたとたん、本の中の渦に引きこまれてゆく。 「なげきの村」と「願いの町」の間に流れているという、その川。 川の流れは、見る間にひざまで寄せてくる。
貧しいガラス職人のアルベルトと妻ソフィア、 そしてクララとクラースの、まだ幼い姉弟。 仕事に打ち込むアルベルトと、憂鬱に沈むソフィア。 どこにでもいるような若い一家を、あるとき、 不幸がおそう。
クララとクラースが、占い女フラクサの予言通り、 行方知れずになってしまったのだ。 ふたりは、忘れ川をわたって、さらわれた。
さらったのは、子どものいない町の領主。 子どもとしてかわいがるためではなく、 美しい妻に「ありがとう」と言わせるために。 このねじれた関係の金持ち夫婦と、 貧しいアルベルトとソフィアが、ともに 夫婦間の問題に悩み、幸せを求める姿は作中にモチーフとして 登場する「鏡」を通した像のようでもある。
子どもたちの救出には、魔女のような超自然的女性、 フラクサが大きな役割を果たす。 人の言葉を話す大ガラスのクローケと暮らしている、 無口でつかみどころのないフラクサ。
彼女と子守女の対決は、善悪のものさしだけでは測れない 運命的な予感に満ちた戦いである。 フラクサこそ、この物語の芯なのだ。 彼女の望みは、静かに機を織ることだけだというのに。
「ミヤマクワガタの花のような青い目」と、 何度も描かれているフラクサのまなざしを 受けとめられる人は、人生に満足していられる人なのだろう。
忘れること、それは私たち人間の本能なのか。 大事なことほど、大きく忘れてしまうのは、無意識の作用か。 あんなに大事なヒントに、なぜ気付かなかったのか、 そんなことが、私たちの生活のあちこちにも、 散らばっていることを思えば。
グリーペの作品を読むのは初めてだが、 北欧の神話や伝説にからめた現代の家庭問題をほうふつと させる物語が、胸深くを刺す。 ネガティブな主旋律にからんでゆく 木漏れ日のような光が、私たちとともにある深い流れを 想わせる。 (マーズ)
『忘れ川をこえた子どもたち』著者:マリア・グリーペ / 訳:大久保貞子 / 出版社:冨山房1979
2003年08月19日(火) 『タイタス・グローン』〜ゴーメンガースト三部作(その1)
2002年08月19日(月) 『イングランド─ティーハウスをめぐる旅』
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管理者:お天気猫や
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