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夢の図書館新館

お天気猫や

-- 2004年07月21日(水) --

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『イリアス(2)』

☆神の消えた『トロイ』。

イリアスはギリシャ神話の一部のように言われる事もありますが、 神話というよりは、人間を語った英雄叙事詩です。 確かに全編通してギリシャの神々が登場して、華麗な背景を作り、 それぞれひいきの人間に加勢して事態を操っているように見えますが、 読み進むうちに神の存在はあくまでも修辞的なものであって、 物事を動かすのは結局人間なのだという事が実感されます。 実際に超常的な描写は意外に少なくて、神のみわざも 文章の飾りや自然現象を文学的に表現したと思えるものがほとんど。 ホメロスは合理的な人ですね。 映画では出番のなかった王妃ヘカベが哀しみのあまり鳥になった、とか アキレスの私兵ミュルミドンは蟻が変身した者達だ、といった幻想的な それこそ「神話」は、イリアスの中には登場しません。

特にイリアスの中の神の扱いで私が好きなのが、 肉体と違ってコントロールできない精神面心理面を、神に託している点です。 イリアスでは闘いで傷つけられる人体の描写がことに細かで、 戦士一人一人について解剖学的にどうやって殺されたのかが語られる程です。 これほど人体の構造に精通しているギリシャ人が、 どうしてもメカニズムが解明できない人間の行動、 勇敢なはずの者達が、怖れで動けなくなる、 疲れ果てた戦士達に、勇気が湧いて身体が動き始める、 理性では考えられない恋に落ちて、家族を裏切る、 などといった、これらどこから来たのかわからないけれど、現実にある 人間の心の動きと連動した行動の不思議を神の影響下にある、 と呼んでいます。 なるほどねえ。

映画『トロイ』で、監督はイリアスの中の神の存在を無くしましたが、 私も映像で見る上ではこの手法は賛成です。 懐かしい映画『アルゴー探検隊』のように、神々が英雄達を駒にした ゲームで楽しむような描写をいちいち入れると緊迫感が薄れるでしょう。 神の血を引く者達も多く参戦していますが、いくら神々に特別扱いされていても 結局死ぬので人間と違いはありません。 だったら、分け隔て無くみんな人間の話にしてしまっても大丈夫。 普通の人より美しくて普通の人より強い、というのが神の子の条件なら、 映画の登場人物というのはそれだけで充分神の子を現しているとも言えます。 もっとも、そのせいで印象が大きく変わってしまった部分もあって、 イリアスでは、女神テティスの子アキレスやアポロンの守護のあるヘクトル達が 神々達の様々な思惑が交差する中で闘っている訳ですが、 その背景がなくなった映画では、アキレスは逆に自ら以外を頼まぬ 傲慢で孤独な勇者、 神々を崇める信心厚いトロイの王はその信仰故に滅びたようにも見えます。 誰もが知っている有名な「アキレスの踵」についてすら、 映画『トロイ』内では特に言及されません。 実際、神の子だから身体の他の部分は傷つけられない、という設定は映画では 不要。 だって、映画の途中でスーパーヒーローが死んじゃう展開はありませんから、 ハリウッドヒーロー並の強さ(笑)で充分な訳ですね。 イリアスファンには神々が登場しないので映画に不満がある人 もいるでしょうし、 映画を見てから原作を読もうと思ったら、逆に神の描写が多くて読みにくい かもしれません。

一方、トロイア戦争後日談の 『オデュッセイア』は『イリアス』とはがらっと変わって 神と妖怪変化が目白押し、超自然的な冒険満載のファンタジックな物語 になっています。 『イリアス』の作者ホメロスと『オデュッセイア』の作者ホメロスは別人か、 同一人物の若い頃と老年、などと推測されるほど文章のタッチも主題も 異なっています。 どちらもそれぞれに優れて面白いので、 誰の作品でもかまわないようなのですが、 確かに気力体力に満ちた若い頃は神も御覧あれ、しかしながら手出しは無用、 老いては楽しい不思議と戯れてみよう、という傾向に なったのかもしれませんね。 『イリアス』後の登場人物達のその後が、『オデュッセイア』の中で 所々噂話として出て来ますが、「それでいいのか」という展開もあります。 それについてはまた明日。(ナルシア)


『イリアス』 著者:ホメロス / 訳:松平千秋 / 出版社:岩波文庫 『オデュッセイア』著者:ホメロス / 訳:松平千秋 / 出版社:岩波文庫  映画『トロイ』監督:ウォルフガング・ペーターゼン / 出演:ブラッド・ピット(アキレス)、エリック・バナ(ヘクトル) オーランド・ブルーム(パリス)、ピーター・オトゥール(プリアモス)

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