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昨今のCG技術の進歩と古典作品の人気で、 歴史大スペクタクルドラマの映像化がブームになっていますね。 去年、映画館で『トロイ』の予告を見て、 「あ、ついに『イリアス』を映像化するんだ」とちょっと嬉しくなりました。 しかし‥‥ブラピがアキレス?大丈夫??? 愛のための戦争?‥‥大丈夫???
で、見てみました。 思ったより良く出来ていましたよ。 長大な『イリアス』の中の神様が介入する部分は思い切り良く全て切り捨て、 3000年前も現代も変わらない人間同士の愛憎を分かりやすくまとめ、 美しい舞台と肉体を駆使した戦闘で見せる、娯楽大作になっていました。 アキレスは歪んだ部分もあるダークなヒーローなのでブラピで良かったし、 気高き勇者ヘクトルも悲劇の王プリアモスもとても良い感じでした。 まだこの後有名な物語のある人達を、こんな所であっさり 片付けちゃっていいのか、という脚色場面も多々ありましたが、 もとの物語を知らない人のためにも映画の枠内で全部の決着を 付けておくというのは大切なきまりなのでしょう。
文字ではなく、言葉で語られる事によって伝えられる古代ギリシャの叙事詩は、 当時の人々にとって耳で聞く壮大な映画のようなものだったでしょう。 『イリアス』とはトロイの町のあった地『イリオン』の詩という意味 だそうです。 10年続いたトロイア戦争の末期、豊かで堅固なトロイの城塞を、 大艦隊を組んで押し寄せて来たアカイア連合軍(ギリシャ軍)が攻め、 王族達、英雄達、一人一人が何を思いいかに闘ったかを語り上げた大作です。 史実にどの程度則しているかは、不明。 当時の闘いはほとんどが戦士同士の肉弾戦、 天才詩人ホメロスの描写は壮絶を極めます。 テレビやコミックスのヒーローが登場する以前は、 イリアスのリアルな英雄達は欧米の子供達の憧れのヒーローだった事でしょう。
「愛のための戦争」という映画のコピーは一見、戦争の発端となった スパルタの王妃ヘレンとトロイの王子パリスの不倫の事にように思えましたが、 言われてみれば、イリアスは最初から最後まで、 愛する者を奪われた怒りを奪った者に向ける、という個人の怒りが 戦争の方向性を決める物語なんですね。 復讐が復讐を呼び、とどまる事を知らぬ凄惨な殺戮が続く。 今で言う「憎しみの連鎖」を地で行ってます。 しかもこの憎しみ、敵に向けてだけでなく一部は味方に対しても向いている。 叙事詩は聞く者が陶酔できるように、華やかに神々を飾り付け、 登場人物の外見をとても美しく、履歴を豪華に、闘いは力強く、 舞台や装備を壮麗に語りますが、 人間の心は今と全く同じで、卑しく狡く弱く小さく、 かつ気高く寛く強く大きく現されています。
ちなみに、『イリアス』はトロイの王子ヘクトルが殺され、 トロイの命運も尽きたか、というところで終わっていて、 トロイと言えば木馬でしょ、の伝説の木馬作戦は語られていません。 続編と言われる 『オデュッセイア』の中で、生き残った主要人物が ほんの少し木馬について語る場面がありますが、 ホメロスの詞でトロイ陥落の決定的瞬間は語られていないのです。 それがとても残念。(ナルシア)
『イリアス』 著者:ホメロス / 訳:松平千秋 / 出版社:岩波文庫
『オデュッセイア』著者:ホメロス / 訳:松平千秋 / 出版社:岩波文庫
映画『トロイ』監督:ウォルフガング・ペーターゼン /
出演:ブラッド・ピット(アキレス)、エリック・バナ(ヘクトル)、
オーランド・ブルーム(パリス)、ピーター・オトゥール(プリアモス)
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管理者:お天気猫や
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