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夢の図書館新館

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-- 2004年02月16日(月) --

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『坊ちゃんの時代』1-5

凛冽たり近代
なお生彩あり明治人
(引用)

ここに添えられた現代から明治への共感が、 ふと口をついて出る。 日本はこれからどこへ行こうとしているのか。 そこに意志はあるのか、それとも 逆らうことは許されない流れなのか。

各巻のタイトルを追ってみると、

1.坊ちゃんの時代
2.秋の舞姫
3.かの蒼空に
4.明治流星雨
5.不機嫌亭漱石

漱石に始まり漱石に終る明治終焉の群像漫画は、 これまで私のなかでぼやけきっていた霧のむこうの時代を、 この世とつながった時代のこととしてとらえさせてくれた。

主人公である漱石自身は、第二巻から四巻ではほとんど 出て来ず、始まりと終わりの幕を引く役どころ。 登場人物は豪華である。 森鴎外、石川啄木、幸徳秋水らを筆頭に、 幾多の文化人や体制側の人間(維新後命を温存しえた者たち)、 反体制側の人間(主義者)、 異邦人たちも加わって、 壮大なタペストリーが織り上げられてゆく。

第一巻を読みながら、このたび 新札に樋口一葉を起用することになった 発想のもとを見たようにも思った。

にもかかわらず、 通読すれば、かの文化人たちが、 女性と関わるコミュニケーション力において、 いかに非力で消極的だったかを、思い知らされた。 ここでは女性は「太陽」どころか、幻想にすぎない。

男性にとって、人生のパートナーとなる女性と 真剣に深く関われないということは、 時代が旧弊であったとしても、 人生そのものに深くかかわりたくないという 姿勢をあらわしていると言えないだろうか。

描き方次第でどうにもなるとはいえ、 漱石が胃と神経をわずらい、啄木が赤貧のうちに 果てたのは事実である。鴎外の舞姫一件がどこまでの 事実かは知らないが、強権な生家の環境は事実だろう。

ひいては己れの人生を他者に任せ愚弄することにもつながる、 不器用と呼ぶにはあまりに哀切に満ちた「自虐性」。 彼らのほぼ全員が、幼少時の環境から受けた傷をそのままに 抱え続け、もはや記憶の表にものぼらない原因による苦悶を耐え、 ある者は破滅していったのだ。啄木のように。

彼らは、アダルト・チルドレンのもつ苦しみと喜びを 身をもって世に問うている。芸術家のほとんどはそうだ、と 言われればそれまでだが。彼らにかの苦しみがなければ、 名作がいまに残ることはなかっただろう。 そしてまた、かの苦しみがなければ、世界に復讐する 独裁者も生まれなかっただろう。

現在のAC急増が第二次大戦と戦後のもたらした遺産だとすれば、 明治末の群像は、維新(ご一新であり瓦解でもある)の 混乱や日清日露の戦争が残した疵だったのだろうか。 江戸が終るまでの日本と、その後の日本。 そこにはどんな違いがあったのか。 時代が大きくゆらいだあと、世代が変ってから、 ACは増える。 平和な時代が長く続けば、不安の種は芽を出さずに 眠っていられるのだろうか。

現在と影のように重なる、よみがえった明治の群像とともに歩き、 あれこれ、そんなことを思い迷わずにはいられなかった。 すぐに結論の出ることもない問いかけだろうと知りながら。 (マーズ)


『坊ちゃんの時代』第1部-5部 作:関川夏央 / 絵:谷口ジロー / 出版社:双葉社アクションコミックス1987-1997

2001年02月16日(金) 『サンタをのせたクリスマス電車』

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