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ピーター・パンといえば誰でも知っている 永遠の少年だけれど、バリが1902年に最初のピーターを 送りだすまでは、そんな少年はどこにもいなかったのだ。
いや、はたしてそうなのだろうか。 ピーターはやっぱり、もっともっと前から、 子ども部屋の窓から、出入りしていたのではないだろうか。
本書は1911年刊行の『ピーター・パンとウェンディー』の新訳。 ピーターとウェンディーのすれ違う関係を借りて、 男と女の「夢の見かた」の違いを描いた本書は、児童書と呼ぶには ほろ苦く、残酷な面も併せもっている。 ディズニーのキャラクターが一般化されているおかげで、 特にウェンディーは、ずっとアニメの少女のイメージ。 ピーターはといえば、読みながら徐々に挿絵にあるような 裸足の少年に近づいて、ケンジントン公園でたずねた銅像も なつかしく思い出した。 そして、鉄のカギ爪を振りかざす孤独なフック船長には、 『パイレーツ・オブ・カリビアン』のジャック・スパロウ船長 (ジョニー・デップ演じる)が、どこか重なってしまったり。
ダーリング家の子どもたちをネバーランドへ連れてゆく途中、 ちょっと離れていると、ほんの数分前のできごとを忘れ、 旅の目的だったはずのウェンディーの存在さえ 定かでなくなるピーター・パン。 まるで、仕事に追われて忙しいお父さんが、家族の誕生日や 何か大事なことを、すっかり忘れてしまっているみたいに。
「お父さん」と、「お母さん」。 ピーターとウェンディーも、ネバーランドでは 迷子の男の子たちのお父さんとお母さんになったふりをするのだが、 ウェンディーたちの本当のお父さんとお母さん、 とりわけお母さんについての描写が多くて深いのには驚いた。 お母さんというものは、子どもが眠っている間に、 子どもたちの「心の整理」をするのだという。 そしていなくなった子どもたちを待ちながら、ずうっと、 窓を開けたままにしておくのだ。
ウェンディーも、弟のジョンにもマイケルにも、 お父さんにももらうことができなかった 「お母さんの口の右すみに浮かんでいるキス」をもらったのは、 いったい誰だったか。 それは、お母さんも少女のころに知っていた、 けれど今はもう信じていない、 ピーターという名の少年。 お母さんの息子になることもできたけれど、夢の国へ 飛んでいってしまった少年。 誰よりもピーターのことを知っている語り手の「わたし」が 一番好きな人も、ウェンディーたちのお母さんなのだ。 (マーズ)
『ピーター・パン』 著者:J・M・バリ / 絵:F・D・ベッドフォード / 訳:厨川圭子 / 出版社:岩波少年文庫(新版)2000
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管理者:お天気猫や
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