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単道雲(シャン・タオユン)を主人公とする チベット・ミステリ第二弾。
にわかに身辺があわただしくなって、 読み終わるのに2ヵ月もかかってしまった。 その間ずっと、この世界に足をふみこんでいたので、 カイラス山とか、マニ車とか、そんな名前が意識をちらつく。 そこかしこで目にする僧たちの象徴的な行為や、さまよう魂。 俗世の塵を浄化するという意味では ながい時間もまた必要だったのか。
原題の『WATER TOUCHING STONE』は、 下巻の終わりのほうで登場するエピソードに 由来しているのだろう。 よごれた小石を水で洗って本来の美しさを外に表し、 自らの本質を浄化するという僧たちの訓練に。 そして、僧によって「水」にたとえられた、 触媒のような、単自身をも意味するのだろう。
前作『頭蓋骨のマントラ』では、 北京政府によって辺境の収容所に送られた元刑事の単が、 囚人探偵となって、殺人事件を解決した。
今回は、その後4カ月たって、 収容所にこそいないが、いまだ囚人でもあり うろついていれば拘束されかねない立場の単が、 帰依しているチベット仏教のリンポチェ、ゲンドゥンらの頼みで、 ともに北へおもむくところから始まる。 崑崙山脈を越えて。
発端は、遊牧民の子どもたちを教える女性教師の死。 主な舞台となるのは、新疆ウイグル自治区。 役者は、カザフ人やウイグル人、チベット人ら、 いまや弱者となった民族に、ロシア人まで加わり、 辺境の少数民族を掌握することに 血道をあげる北京政府役人たちが暗躍する。 それは、弱者にとっては民族の将来、 強者にとってはメンツをかけた攻防。
「貧困根絶計画」という名前に象徴されるように、 少数民族たちは、漢民族に同化させられるか、分離され、 解体されていく。 かつてチベットで起こった(今も続いている)悲劇は、 終わってはいない。 崑崙山脈の北、タクラマカン砂漠の南、シルクロードの 架空の町や高原で、粛々と網を狭めてゆく政府。
それらをまのあたりにしながら、 殺人事件の動機と犯人を追う単。 前作以上に行動範囲の広がりもあって、出会う人物も (そして動物も)多士済々である。 おそらく中国広しといえどもそうそういなさそうな 背景と感性を持った単という人物の視点が、この物語を特異なものとする。
そしてその単をもってしても予想できないような、 端的に言えば浮世離れしたチベット人僧侶たちの生き方に、 今回も満足のため息をつきつつ堪能した。
随所でささやかに置かれている魂の言葉にふれながら、 まるで、我々こそ、瞑想中にその地を訪れている蝶ででも あるかのような感覚になってゆく。
単が危険を冒しても僧侶たちを守ろうとする理由は、 前作を読めばさらに身にしみる。 どこへ行っても居場所を持てなくなった単にとって、 チベット人の僧侶たち(ラマ僧)との縁こそ、 この現世においての転生とも呼べる変化だったから。
ずっと単たちと行動をともにする、ある意味紅一点の
ウイグル人の娘ジャクリは、羊の仔をあやす言葉を
人間をなぐさめるときにも使う。
その魅惑的な響きが、木枯らしをついて聞こえるようだ。
「コシャカン、コシャカン・・・」
(マーズ)その2へつづく
『シルクロードの鬼神』上・下 著者:エリオット・パティスン / 訳:三川基好 / 出版社:ハヤカワ文庫
2001年11月20日(火) 『なぞのうさぎバニキュラ』
2000年11月20日(月) ☆ 訂正記事
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管理者:お天気猫や
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