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夢の図書館新館

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-- 2001年07月11日(水) --

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『春雨物語』

散文の名手石川淳が、日本で最も早く散文的表現を 用いた作家として高く評価しているのが意外な事に上田秋成。 上田秋成といえばもうなにをおいても『雨月物語』、 私の幼少時の短編恐怖小説体験の原点でもありますが 今回は鬼気迫る完璧な造形の『雨月』とは異なって なんというかのびのびとした語りの『春雨物語』を。

三島由紀夫は『春雨物語』を「絶望の果ての産物」と見ていますが、 我が身における文学的理解を愛読書に反映させる必要の無い私等には 『春雨』はシニカルな視点ではあるけれども人をくった 結構楽しいエンターテイメントとして読めます。 現代人はかえって虚構としての冷笑や残酷に 慣れているせいもあるのでしょう。 上皇の人柄のせいでノリが悪かった薬子の乱(血かたびら) 帝の仲良しの遊び人は後の僧正遍昭(天津乙女) 紀貫之の帰京の船を襲って文学談義をして帰る酔狂な海賊(海賊) なんだか憎めない人物ばっかりで。 そして石川先生が「珍しい江戸の散文」と絶賛したのが 「樊かい」(字が出ません、『かい』は口編に會)。

「はんかい」の物語は今で言うピカレスク・ロマンでしょうか、 腕自慢の無法な若者が神様に罰を当てられ、それでも懲りずに 父母を殺し郷里を出奔し盗賊の仲間となり子分を作り盗みを働き ‥‥と言うといかにも殺伐とした話のようですが、 不思議な事にこの主人公、調子に乗るけれど筋は通すし 人なつこいし頭は切れるしいかにも憎めない、 秋成得意の底光りのするような迫力ある美文は消え失せたかわりに 疾走する悪党達の痛快無類なアクションが 飾り気なく勢い良く語られています。 石川淳の訳ののびやかさの印象も大きいのでしょうが、意外でしょ。

惜しむらくはこの「はんかい」いいかげんなところで止めている、 石川先生は散文の発展が止まってしまった事を大変惜しがっていますが、 私だって惜しいと思いましたよ、 お城破りくらいやって欲しかったなあ(そうじゃなくて)。 この作品を読んでから『紫苑物語』を読むと 石川淳の追求した「散文」による精神の運動の表現というものが どういったものだったのかよく分ります。 死せる秋成、生ける石川を奔らす。(ナルシア)


『新釈雨月物語 新釈春雨物語』 著者:上田秋成 訳者:石川淳 / 出版社:ちくま文庫

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