HOME*お天気猫や > 夢の図書館本館 > 夢の図書館新館

夢の図書館新館

お天気猫や

-- 2001年07月10日(火) --

TOP:夢の図書館新館全ての本

『紫苑物語』

前回の『教養としてのまんが・アニメ』の序で 大塚氏が今の若い者が古典を知らないのは事実だけれど それは彼らの責任ではなくて、 前の世代が大量の情報だけ与えておいて 「伝える」という努力を怠ったからだ、と 言った意味の事を述べています。 人気のサブカルチャーですらこの状態ですから、 「日本文学」なんて言った日には

‥‥引かないで下さいよう。 じゃあちょっと若い者(笑)に「伝えて」みましょうね。 「昭和三十年代初頭の日本現代文学に鮮烈な光芒を放つ 真の意味での現代文学の巨匠・石川淳の中期代表作」 ああ、逃げないで〜。 やっぱり「文学」「巨匠」は威圧感がありすぎるかな、 これじゃあ与えるだけの情報でしかないですね、 なかなか気軽に読んで貰えなさそう。 それじゃあ、アナーキズム寄り無頼派仏文家の散文の到達点‥‥ だから。逃げないで。 いわゆる「名作」を手に取ってもらうというのは難しいですね。

じゃあこういうのではどうでしょう。

『もののけ姫』はここにいる。
人と獣の交錯する世界、
月の光に聳え立つ岩山に
狙い誤たぬ弓の名手は渾身の矢を放つ(紫苑物語)
山に住まう神々の眷属は滅びるのか。
人間達は武を用い策を用い古い神を殺す(八幡縁起)
怒りに身を焦がし風の様に駆ける獣の力を持つ姫、
そなたは生きよ。
各集団の思惑が三つどもえに入り乱れ
風狂の僧は嘯く(修羅)

表層に現れた事象だけ拾い上げても 宮崎駿監督のアニメーション映画『もののけ姫』に似た世界ですが、 実際に読んでみると無駄のないしなやかな線描によって まさに、かのアニメーションを彷佛とさせる 人物群像が躍動しはじめます。 登場人物達や舞台は特に細部を描写されるわけではないのに その情景はまざまざと眼前に現れ、 その立場とお互いの関係性が物語を動かし、 その動きと言葉によってそれぞれの望むもの、思う事が くっきりとした軌跡となって現れてきます。 花と恋われ鬼と怖れられ、獣のごとく疾駆する姫の、 かおかたちについては語られぬのにその横顔の美しい事。

これが往年の文学作品? こんなマンガのようなアニメのような シンプルで力強く面白い話が? かつての文学の中に存在した激しく動的な部分は 映像メディアの技術の進歩に伴って 文章表現以外の分野に移動してゆき、 取り残されたいわゆる文学は 対抗上文字でのみ表現できる内面性あるいは 文章としての前衛性に重きを置くようになって、 それを私達は「現代文学」と思ってしまったのかもしれません。

あるいは高度経済成長の果ての安定期には顧みられなかった、 混沌の世において良くも悪くも自らの強靱な意志でもって 生き抜く者共の無頼な寓話的物語が この世紀末─初の現代に再び意味を持ってきたのでしょうか。 現実的に考えると彼らの突き詰めた覚悟は心底畏ろしく 到底真似し得ぬものなのですが、 その冴え渡る動き、的確で意表を突く会話のカッコいい事。 どうでしょう、少しは伝わった?読みたくなった?(ナルシア)


『紫苑物語』 著者:石川淳 / 出版社:講談社文芸文庫

>> 前の本蔵書一覧 (TOP Page)次の本 <<


ご感想をどうぞ。



Myエンピツ追加

管理者:お天気猫や
お天気猫や
夢図書[ブックトーク] メルマガ[Tea Rose Cafe] 季節[ハロウィーン] [クリスマス]

Copyright (C) otenkinekoya 1998-2006 All rights reserved.