自販機の仕事は本当に退屈だった。 BGMにポール・モーリアの「オリーブの首飾り」が繰り返しかかっていた。 このときから、ぼくはこの曲が嫌いになった。 この曲を聞くと、大半の人はマジックショーを思い浮かべるだろう。 でも、ぼくは夏の競艇場の自販機を思い浮かべる。
「オリーブの首飾り」を午前10時から午後3時まで聞いて、そのあと4時半に帰るまで場内の後片付けや清掃などをする。 その中に国旗を降ろすという仕事があった。 国旗掲揚台から国旗を降ろすという単純な仕事なのであるが、ここでまたぼくは問題を起こした。
ある日「国旗を降ろしてきて」と例の上司から言われ、ぼくは事務所の2階にある国旗掲揚台に行った。 降ろそうとするとハンドルが回らないので、事務所に戻り「あのー、ハンドルが回らないんですけど」とぼくは言った。 上司は「そんなことはないやろ。力を入れんと回らんよ」と言った。 「力は入れてるんですけど」 「じゃあ、力の入れ方が足りんとよ」 「そうですかねぇ」と言って、ぼくは2階に行った。 やはり回らない。 また上司の顔を見るのが嫌だったので、今度は力任せに回してみた。 すると、真鋳で出来ているハンドルが折れてしまった。 『あーあ、どうしよう』 とりあえずぼくは事務所に戻り、上司に報告した。 「えぇっ!? 折れるわけないやろ。真鋳で出来とうのに」と言いながら上司は2階に向かった。 「あ??あ・・・ 何で折れたん?」 「力を入れて回したらこうなったんです」 「力がありそうに見えんのやけど・・・ しょうがない。もういいよ」と上司は憮然とした顔で言った。 その日以来、国旗は降りなかった。 バイトをやめて1ヶ月ほど後、この競艇場の前を通ったことがある。 競艇期間ではなかったのに国旗はあがっていた。
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