2006年01月26日(木) |
人を死ぬような場所に行かせるな! |
「しんちゃん、2月から毎週2回、倉庫の手伝いになったよ」 「えっ、倉庫に行って何をするんですか?」 「いや、倉庫に欠員が出てね。その埋め合わせに行って欲しいんよ」 「何でおれなんですか?」 「あんたしかフォークリフトの免許持ってないけねえ」 「それ断れないんですか?」 「いや、一度は断ったんやけど…。もう決定したことやけ、頑張ってね」 「えーっ」
昨日の朝の店長との会話である。 いくらフォークリフトの免許を持っているとはいえ、免許を取って以来一度しか乗っていない、言わばペーパードライバーである。 しかも、ぼくは広々とした野外でしか運転したことがない。 そういう人間にしょっちゅうフォークリフトを操らなければならない仕事、それも狭い倉庫の中で運転するなんて出来るはずがない。 しかもフォークリフトの種類がまったく違うのだ。 こちらは座って操るタイプで、あちらは立って操るタイプのフォークリフトである。
それを聞いた人たちから、「倉庫の仕事は危ないよ。ベテランでさえ何度か倒れたもんねえ」と言われた。 「倒れたって?」 「フォークリフトに乗ったまま倒れるんよ」 「あそこのフォークリフト、そんなに安定が悪いんですか?」 「うん。下手すりゃ死ぬよ」 「死ぬんですか?」 「おう、今乗っているやつでさえ、こけて頭打ったもんねえ」 「えーっ」 「ただでさえ通路が狭くて危ないのに、いくら免許を持っているとはいえ、あんたみたいに、ほとんどフォークリフトに乗ったことのない人がやったら、死ぬことはなくても、大事故は免れんやろう」
実はぼくの父親は、ぼくが幼い頃に労災で死んでいるのだ。 突然「死ぬ」などと言われると、その記憶が蘇ってくる。 前に住んでいた家を引き払う時に、偶然見つけた遺品の数々…。 そこにはその事故の際にかぶっていた父親の作業帽や作業服があった。 血糊がべったり付いたそれらの遺品は、実に生々しく事故の凄さを物語っていた。 それを見て以来、ぼくは「危険な職業には就くまい」と思うようになり、今の安全な小売業に就いたわけである。
ところが、その安全な小売業に、死と隣り合わせになっている仕事があったのだ。 しかも、その仕事をぼくに任せようというのだ。
ぼくはさっそく本社の担当課長に断りの電話を入れた。 もちろん、直属の上司に言うべきことなのだろうが、一度は断ったけど、断り切れないで今回の決定になったわけだから、そういう人に言っても埒があかない。 他に周りから攻めていく手もあったが、とにかく時間がない。 ということで、直談判に踏み切ったのだ。
「しんたですけど」 「おう、どうした?」 「例の応援の件ですけど」 「ああ、あの件ね」 「考え直してもらえませんかねえ」 「えっ、何で?」 「死と隣り合わせのような仕事なんて、誰もしたくないでしょ」 「死と隣り合わせ…?誰がそんなこと言ったと?」 「みんな言ってますよ」 「‥‥。でも、あんたフォークリフトの免許持っとるんやろ」 「持っていても、運転したことのないペーパードライバーですよ」 「えっ、運転したことないと?」 「ええ、ありません」 「それは困ったなあ…」 「こちらも困ってますよ。こんな人間が、応援なんかに行ったら、そこの人に迷惑がかかるだけですよ。それと、そこは2トントラックの運転もしなくちゃならないんでしょ?」 「うん」 「そんな大きな車、運転したことないですよ。しかもミッション車なんて十数年運転したことないし。事故起こしたって知りませんからね」 「‥‥」 担当課長は焦っているみたいだった。 いっとき沈黙が続いた後、「わかった。もう一度検討して、また連絡する」と言って、電話を切った。
さて、どうなるだろうか? ただ、今回のことでひとつだけ言えることがある。 いくら応援とはいえ、まかりなりにも人事に口を出したのである。 おそらく4月の異動の時には、マイナスになるだろう。 しかし、それでも死ぬよりはマシである。
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