高校1年の秋のことだった。 「しんた、Y子のことどう思う?」 友人のKちゃんが、突然ぼくにそう聞いてきた。 ぼくはドキッとした。 なぜなら、Y子はその当時ぼくが好きだった女性だったからだ。 ぼくはそのことを誰にも教えてなかったから、てっきりKちゃんにそれを見透かされたと思った。 だが、真相は違うところにあった。
「Y子…、Y子ねえ…。ま、かわいい方やない?」 ぼくは、自分の気持ちをKちゃんに悟られないように、平生を装って言った。 すると、Kちゃんは目を輝かせて言った。 「そうやろ。かわいいやろ!」 「うん、まあ…」 「実はおれ、Y子とつきあうことになったっちゃ」 「えっ…」 ぼくは絶句した。 しかし、Kちゃんにぼくの変化を気づかせてはならないと思い、慌てて次の言葉を探した。 そして、零点数秒の沈黙が、次の言葉を探し当てた。 「どちらからアプローチしたと?」 「おれから」 ぼくは、Y子からのアプローチでなかったことに、少し安心した。 「ふーん。何と言ったと?」 「つきあって」 「Y子はすぐに返事したんね?」 「いや、躊躇しとったみたいで、『少し考えさせて』と言ったんよ」 「で、いつ返事もらったんね?」 「昨日」 「そう…」 5分かそこらの会話だったが、この会話が今もなお、耳の奥にこびりついている。
その後の二人はどうなったのかというと、長続きしなかった。 一ヶ月くらいつきあった後に、別れたのだ。 別れはY子から切り出したらしい。 クラブ活動に専念したいから、というのがその理由だった。 そして、最後にY子は、こういうセリフを吐いたという。 「私、高校卒業するまで、誰ともつきあわない」
誰とも付き合わない。 誰とも付き合わない。 誰とも付き合わない…。 ぼくはこの言葉に縛られた。 そのため、Y子にその想いを伝えることが出来なかった。 もし、Kちゃんからそのことを聞かされてなかったら、ぼくは高校時代のいずれかの時期に、その想いをY子に伝えていただろう。 『Kちゃん、何でおれに言ったんか!?』 ぼくは運命を恨んだ。
その伝えられない想いが、ぼくを音楽に走らせた。 Y子がクラブ活動に専念するように、ぼくも音楽に専念しようと思ったのだ。 そして、いつかこちらを振り向かせてやる、と思ったわけだ。 だが、その思いは叶わなかった。 結局、8年間想い続けた末に、『月夜待』という歌を作り終わってしまう。
|