明日は早出だから、普段より早く寝なければならない。 ところが、まだ日記が出来ていない。 このまま無視して寝てしまってもいいのだが、長年の習性で、それが出来ない。 歯を磨かずに一日を過ごすみたいで、何か落ち着かないのだ。
さて、無気力が予想された休みだったが、今日はわりと充実していた。 何をやっていたのかというと、ずっと歌の録音をやっていたのだ。 ま、ずっとやっていたとは言っても、録音したのはたったの2曲だったが。 2曲ならすぐに終わりそうなものなのだが、一発録りのため、間違うと録り直ししなければならない。 それで手間取ったわけだ。
しかし、一発録りをやっていて一番イライラするのが、最後の最後で間違った時だ。 ちょっとした歌詞の間違いなら、気にせずそのままにしておくのだが、変に力んでギターを間違えたりするのだ。 こうなると、全体が崩れるので、また録り直しとなる。 「せっかく最後まで行ったのに…」である。 まるで、プレーオフのような悔しさが残るのだ。
さて、その2曲の内訳はというと、いつものようにオリジナルで、『心の中を』と『秋の夜』という曲である。 『心の中を』は昨日の日記に書いたとおり、20代後半に作った曲だ。 言わんとしていることはわかると思うので、特に説明はいらないと思う。
一方の『秋の夜』というのは、19歳の頃に作った曲である。 ちょうど中原中也を知った頃で、歌詞のほうもその影響を多分に受けている。
『秋の夜』 夜の竿は、星を刺し さてここいらで泣きましょうか 暗い街に、影を刺し 露なかけるな、深い雨
濡れた灯り、闇に揺れ 過ぎた光を、追います しおれ柳も、風に揺れ 落ち葉ひらひら、終列車
うっすら三日月、闇に浮かびます 弱った体が、街の陰ります
犬の遠吠え、闇に響きます 疲れた声が、街に狂います
夜の竿は、星を抜け さてここいらで、やみましょうか 暗い街に、影を抜け 露なかけるな、通り雨 実は、この歌詞は最初、文語体で作ったのだった。 そのため、「露なかけるな」などいう、わけのわからない言葉が入っている。 その部分は、元々は「露なかけそ」だった。 口語に直した時、いったんは「露をかけるな」としたのだが、どうも語呂が悪いので、「露なかけるな」と言う中途半端だが、韻を踏んで語呂のいい言葉を使ったわけだ。
ということで、どちらの曲もネットに上げましたので、興味のある方は聞いてみてください。 『心の中を』 『秋の夜』
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