昨日の続きになるが、ぼくと嫁ブーの相性はすこぶるいいのだそうだ。 波長が合っているらしい。 しかし波長が合うというのは実に抽象的である。 いったい、どの時期のどの場面で波長が合っていたというのだろう。 これまで何度も別れそうになったことがあるが、それでも別れなかったというのが『波長が合う』と言うのだろうか。 さらに、それと“運命の赤い糸”は、どういう関係があるのだろう。
その“運命の赤い糸”に関しては、思い当たる節がないではない。 あれは初めて嫁ブーを見た時のことだった。 昭和56年のことである。 その年の4月下旬に創業する会社に、ぼくと嫁ブーは入社した。 その創業の2日前に、ぼくは初めて嫁ブーに会った。 その頃ぼくは、テレビ売場に配属されていた。 そこで開業に向けての、最後の準備をしていた時だった。 隣の売場の女の子が、じっとこちらを見ているのに気がついた。 目が合うと、その子はぼくにニコッと微笑みかけた。 その時だった。 その子が赤いエプロンをつけて、台所の向こうに立っている姿が、ぼくには見えたのだ。 ぼくはハッとした。
が、すぐに現実に戻った。 『何か用なんか?』と思っていると、その子は「すいませーん」と言った。 「あ?」 「あのー、後ろのテレビの音、大きくしてもらえませんかー?」 「テレビ?」 後ろを振り向くと、テレビに田原俊彦が出ていて、歌を歌っていた。 『ああ、俊ちゃんか。今時の子やのう』と思いながら、テレビの音を大きくしてやった。 言うまでもなく、その子が今の嫁ブーである。
テレビを見ている嫁ブーを見て、『ところで、あのエプロン姿は何だったんだろう?』と、ぼくは思っていた。 が、あまり気にはしなかった。 その当時、ぼくには好きな人がいたし、高校出たての若い娘なんか興味がなかったからだ。 ただ、その時ぼくはうっすらと、嫁ブーに恋愛とは違った何かを感じていたのは否めない。 今になって考えると、あれが“運命の赤い糸”というものかもしれない。
前に一度、その時のことを嫁ブーに聞いたことがある。 「おれはあの時、赤いエプロンをつけて台所に立っている、おまえの姿が見えたんやけど、おまえはどうやったんか?」 「‥‥」 「何か、おまえは最初におれと会った時のことを覚えてないんか?」 「いや、覚えとるよ」 「じゃあ、何で黙り込むんか?」 「それは…」 やはり、記憶にないのだ。 ただ、その時にテレビの音を大きくしてくれと言ったのは覚えていたらしく、「あの頃の俊ちゃんはカッコよかったけね」と言っていた。 もしかしたら、あの時、嫁ブーは俊ちゃんに“運命の赤い糸”を感じていたのかもしれない。 そして、いつしかそれが、ぼくにすり替わったのだろう。 ぼくは俊ちゃんの身代わりである。
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