ぼくに対してその言葉が初めて使われたのは、高校1年の夏休み、ちょうど横須賀の叔父の家に遊びに行っていた時のことだった。 当時叔父の家には風呂がなかった。 そのため、叔父の家に滞在中は毎日銭湯に通ったものだ。
そういうある日のことだった。 その日は叔母といっしょに銭湯に行っていた。 先にぼくが風呂から上がったようで、外に出てもまだ叔母の姿はなかった。 そこで叔母が上がってくるのを待っていたのだが、その時女湯の出入り口からから2,3歳の小さな女の子が出てきた。 出入り口の奥から「○○ちゃん、待ちなさい」という声が聞こえた。 その声の持ち主は、おそらくその子の母親のものだったろう。 しかし、女の子は言うことを聞かず、とことこと通りに向かって歩き出した。 ちょうどぼくの前にさしかかった時だった。 女の子はぼくの存在に気づいたようで、そこで立ち止まった。 そしてぼくのほうを見て、満面の笑みを浮かべ、その言葉を吐いた。 「おじちゃん」 高校1年とはいえ、誕生日が来ていなかったので、ぼくはまだ15歳だった。 いくら言葉の意味のわからない女の子が言ったとはいえ、その時のショックは大きかった。 ぼくは「おにいさんだろうが」と言おうとしたが、そのせいでぼくの口は開かなかったくらいだ。
さて、その後は「おじちゃん」などという忌まわしい言葉で呼ばれることは、ほとんどなくなった。 それは、頭が真っ白になった今でもそうだ。 まあ、たまにそう呼ぶ人がいないではないが、そういう人たちは、ぼくのことを何と呼んでいいかわからずに「おじちゃん」と呼んでいるのだと思う。 愛称として「おじちゃん」と呼ばれることは、まったくないのだから。
ちなみに戸籍上ぼくを「おじちゃん」と呼べる立場にある甥や姪が、ぼくのことを何と呼んでいるかというと、「しんにいちゃん」である。 2年前、うちに遊びに来た大学生の姪を連れて、近くの居酒屋に飲みに行ったことがある。 その時、たまたまその店に飲みに来ていたぼくの友人が、ぼくを見つけて声をかけた。 「しんた、今日は女子大生連れか」 「これは姪っ子」 「ああ、姪っ子か」 その後、その友人はぼくたちの席で飲み始めた。 ことあるたびに、姪をからかっていたが、姪のほうは軽くあしらっていた。 ぼくがトイレに立った時だった。 友人は姪に、「おじちゃんといっしょに飲んで楽しい?」と聞いたらしい。 その時姪は、キョトンとした顔をして「おじちゃんって誰ですか?」と聞き返したという。 姪はぼくが「おじちゃん」であるというのが、ピンと来なかったらしいのだ。
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