その理由とは、Kさんのことである。 とりあえずKさんとの関係を整理しておくが、彼は当時Y大学の学生だった。 男気が強く、頼まれたら「任しとけ」という、まさに九州男児タイプの人だった。 そういう人とぼくのようなひねくれた男が、なぜウマがあったのかはわからない。 おそらくそこには、お互い一人っ子というのがあったのかもしれない。 Kさんはいつもぼくの兄貴のように振る舞い、何かあるといつもぼくをかばってくれた。
バイトも終わりに近づいた頃だったと思うが、ぼくはKさんに誘われて、その年プロ野球のドラフトにかかり、H球団に入団が決まったK選手という方の壮行会に行ったことがある。 K選手はIさんの友人だった。 体育会系で、縦の関係を重んじるKさんは、始終律儀な態度を取っていた。 一方のぼくはというと、そこで飲み過ぎてしまい、かなり羽目を外していたのだった。 知りもしないK選手に、「K選手、がんばってくださーい。でもぼくはライオンズファンでーす」などとまめらない口で言って、何度も握手を求めていた。 挙げ句の果てに、ギターを手にガンガン歌い出した。 後で聞いた話だが、その声はあまりに大きかったらしく、そこにいた人たちはかなり迷惑していたという。 その会場はビルの2階にあったのだが、その上はパブで、いつも騒がしいところだった。 ところが、ぼくの声はそのパブを通り越し、4階のスナックにまで聞こえたと言うから、かなりがなっていたのだろう。
声が枯れるまで歌って、その後ぼくは不覚にも寝てしまった。 これがいけなかった。 飲んで騒いでいるうちは気分もいいのだが、動きが止まってしまうと酔いというのは気分の悪い方向に向かってしまうものである。 案の定、ぼくは気分が悪くなった。 ところが、その頃はまだ吐き方というのをわきまえてなかったのだ。 今ならそういう時、人知れずトイレに行き、指を突っ込んではけるだけ吐いてしまう。 そして、何事もなかったような顔をして席に着くのだが、その時はまだそういうテクニックを知らなかった。 というより、吐くのが怖かったのだ。 そこで、我慢をしてしまった。 しかし、こういう時に我慢すると逆効果になってしまうものである。 「吐くまい」という意識が、さらに不快感を強めていく。 その結果、ぼくは衆目の面前で「ゴボッ」と吐いてしまった。 それも、Kさんの新調のスーツの上に。
それでもKさんは怒らなかった。 みんながKさんに、「ああ、新調のスーツが台無しやん。大丈夫ね?」と声をかけても、「スーツなんかどうでもいいです。それよりもしんたが心配で」と言っていた。 そういう中でも、ぼくはK選手に、「K選手、がんばってくださーい。でもぼくはライオンズファンでーす」と言って、汚れた手で握手を求めていたのだった。
X子のことや、Oさんのことでぼくがなぜ反発しなかったのかというと、以上のようないきさつがあったため、頭が上がらなかったのだ。
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