今日、宗像大社に初詣に行った。 かなり寒かったが、時折晴れ間も出たりして、まずまずの天候だった。 宗像大社に行く時は、いつも城山越えをして宗像に入るのだが、今日は冬の海を見たいこともあって、海岸線を走っていった。 凪であれば浜でも歩こうかと思っていた。 ところが、今日の玄界灘は、期待に反して波が高く荒れていた。 東郷元帥風に言えば、「本日天候やや晴朗なれども波高し」ということになろうか。 とても浜を歩く気分にはならなかった。
宗像大社には長居しなかった。 普段ならゆっくり歩く参道も、今日はそそくさと歩いていった。 そして、さっとお参りをすませ、お札を買って、駐車場に戻っていった。 なぜ急いだのかと言えば、もちろん寒かったからである。 しかし、これで昨年果たせなかった三社参りが出来たことになる。 他の二社は、元日と二日に行った。 二社とも由緒のある神社なのだが、いかんせん地元の人しか知らないローカルな神社だった。 そこで三社目にメジャーな神社を神社を選んだわけだ。
なぜ三社にこだわるのかというと、うちの神棚が三社仕様になっているからだ。 昨年の夏に買ったものだが、昨年は二社しか行ってないので、お札は二社分しか祭ってなかったのだ。 これで、ようやく三社埋まるわけだ。 「今年はいいことあるぞ!」 と、いちおう期待しておく。
さて、今日はその後、宗像大社のそばにある鎮国寺に行った。 そこに行った理由は、もちろんお参りすることにある。 だが、それよりも境内の茶店に売っている鎮国饅頭がほしかったのだ。 また寒かったので、温かい甘酒も飲みたかった。 宗像大社と同じく、さっさとお参りをすませてから、茶店に入った。 そこで充分に暖をとり、帰路に着いた。
1時間半足らずの小ドライブだったが、神社と寺を回り、正月から塞ぎ気味だった気分が晴れたものだった。 どちらもさっさとお参りをすましたものの、やはり神社やお寺でお参りすると敬虔な気持ちになる。 それと同時に、そういう場所に行くと、なぜか懐かしさや安らぎを得られるものである。 ぼくは保育園がカトリック系だったため、金曜日になると園内にある教会に行ってお祈りをしていたのだが、敬虔な気持ちにはなるものの、お御堂の独特なにおいに、気持ちが凍える思いがしたものだった。 まだ幼かったからわからなかったが、きっとそこでは懐かしさや安らぎというものは得られなかったのだろう。 今でも、教会に行くのは好きではない。 それを考えると、やはり自分は日本人なんだなと思う。 ということで、来年は五社参りを目指そうと思っている。 今年行った三社に加え、宮地岳神社と太宰府天満宮に参るのだ。 もちろん、今年以上の安らぎを求めてである。
 鎮国寺の緋寒桜
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