翌日、予定通り工事は始まった。 母は仕事のため、ぼく一人で応対しなければならなかった。 ガス屋のおっさんは言った。 「じゃあ、ぼちぼち取りかかりますね。用がある時は呼びますから、それまでぼっちゃんは好きなことやっていていいですよ」 ぼくはそれを聞いて、何だ、別に大したことをするわけじゃないのかと思い、「お願いします」と言って、部屋に入っていった。
30分ほどしてから、おっさんの声がした。 「ぼっちゃん、いいですか?」 「はーい」 ぼくはおっさんのところに行った。 そこに行ってみると、おっさんは道路工事で使うような大きなドリルを持っていた。 そして、「今から、このコンクリートを壊しますから、力を貸してください」と言った。 「はい…」 何か悪い予感がした。
おっさんは、「じゃあ、これ持って」と言って、ぼくにドリルを持たせた。 ぼくが、「これを動かすんですか?」と聞くと、おっさんは涼しい顔をして、「はい」と言った。 そして、「いいですか、これは、こうやって、ああやって使うものです」と言って機械の説明をしたあと、「じゃあ、やってみて」と言った。 機械の重さと、その振動の強さで、かなり体に負担がかかる。 力を入れて取っ手を握っていないと、ドリルは暴れ出す。 それを見ながらおっさんは、「もっと力を入れて」とか、「腰をちゃんと入れて」とか言っている。 一度手から離れた時などは、「何やっとるか!!力のないやつやのう」と、例の大きな声で怒鳴った。
うまくいかないのは力のせいではない。 高校時代まで柔道をやっていたので、普通の人と比べると力は強いほうだった。 では、何で手を離したのかというと、それは要領のせいである。
高校時代に米屋でバイトしたことがある。 その時、ぼくより背が低く痩せた兄ちゃんがいた。 彼はどう見ても、ぼくよりは体力は落ちるように思えた。 ところが、ぼくたちバイトが、20キロの米袋を3つ抱えさせられて「ヒーヒー」言っていた時、彼はそれを横目に、米袋を5つ重ねて運んだのだった。 その時初めて、力仕事に必要なのは力ではなく、要領のよさにあるというのを悟った。 まさにこの仕事も、要領が左右したのだった。
しかし、このおっさんは生意気である。 何でお客の自分が怒鳴られなければならないのだろう。 作業をしながら、ぼくはそのことをずっと考えていた。 だいたい何で、ぼくがこんなことをしなければならないのだろうか。 前日の腑に落ちない理由は、実にここにあったのだ。 そのことを気づくのに1日かかったのだから、やはりぼくは若かったと言えるだろう。
結局、コンクリートは、ぼくが削ったようなものだ。 その間おっさんは何をやっていたのかというと、カタログを見て一人でブツブツと何かつぶやいていた。 つまり、手を抜いていたのだった。
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