その後、また日記的停滞が始まる。 その時期はいよいよ最悪で、3ページで終わっているノートもある。 そのほかのノートも似たり寄ったりで、多くて10ページといったところだ。 これには事情がある。 その頃ぼくは昇進したのだが、その分仕事がハードになったのだ。 朝はズームイン朝が始まる前に家を出て、夜はプロ野球ニュースが終わっった後に家に帰る毎日だった。 それから風呂に入り晩飯を食べるのだ。 さすがに食事が終わった後は、もう何もする気が起きない。 そのまま横になっていた。
ということで、その時期に日記を付けてないのは、別に書き飽きたわけではなかった。 書く時間が持てなかったのだ。 結局その状態は、ぼくが会社を退職するまで続いたのだった。
会社を辞めてから、ぼくはしばらくの間、東京や東北を旅していた。 その旅から帰ってきて、新たに『退職記念日』という日記を付け始めた。 左遷時期からの流れで、エッセイ的な詩が中心になっている。 また、この頃、サラリーマン短歌のようなものを書き始めた。 例えば、こういうものである。
これもまた 夢に到る 布石だと 自分自身を 納得させる日
こんな日が いつまで続くのだろうか 星を見上げて 終電を待つ
「こういうことが 流行っているから こうしよう」 そういうことが 間違ってるんだ
奴を見て 孔子の言葉を 思い出す 巧言令色 鮮きかな仁
くどくどとほざく キャリアウーマンの 時々変わる 口紅の色
さすがに時間があったから、ノートはすぐに埋まった。
しかし、時間に余裕があったとはいえ、そこに左遷だの失業だのという、いわゆる逆境がなければ書くことは出来なかっただろう。 そういう時期というのは、いろいろと書くことがあるものである。 とにかく状況に押しつぶされそうになるものだがら、それに負けてはならないという意識が働くようになるためだろう。 例えば、その時期、こういう詩を書いている。
『負けられん』
ここまで来て思う。 負けられん。 絶対に負けられん。 何があっても 何が襲ってきても 負けられんもんは 負けられん。 不埒な心は追い出してやる。 優柔不断は殺してやる。 負けられんとたい。 絶対、負けられんとたい。
さて、その後、再就職を果たしたぼくは、またしても日記的停滞に陥ることになる。 しかし、今度の停滞は、前の会社に勤めていた時のように、時間が持てないために起きたわけではなかった。 それまでの『日記=詩』というものに、だんだん限界を感じてきたのだ。 そこで、エッセイを書こうと思うようになった。 ということで、さっそくに挑戦したのだが、それがどうも様にならない。 詩のように、インスピレーションで書くことも出来ない。 ネタ集めも必要になってくる。 本当に面倒な作業だった。 そのため、書いていくうちに、だんだん意欲が沸かなくなってきた。 そういう状態が5年ほど続く。 その間のノートの数は3冊だった。 どれも数ページだけしか書いていない。
日記的停滞が5年ほど続いたある日、ぼくは画期的なものを手に入れることになる。 パソコンである。 それから、ぼくの日記生活が変る。 パソコンを手に入れて1年後、日記はそれまでのノートからパソコンに移った。 その時書いたものが、今のエッセイ集の基本となっている。 それから1年後、いよいよこの『頑張る40代!』が始まるのだ。 この日記は、2001年1月から一日も欠かさず書いているから、来年早々5年目に突入するということである。 ぼくの日記生活の中では最も長い日記帳となった。
|