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2004年12月19日(日) 日記遍歴(上)

ぼくが初めて自主的に日記をつけたのは、高校1年の時だった。
まあ、日記と言っても、その頃はオリジナル曲作りにや詩作に目覚めていた関係で、歌詞の書きだめといった様相のものだったが。
毎日必ず一つ作詞や詩作をしようと決めていたため、自ずと日記のようになってしまったわけである。

日記らしい文章を書き出したのは、それから3年後、予備校に通い出してからだった。
もちろん相変わらず作詞や詩作が中心だったのだが、その詞や詩の後に、その日あったことや考えたことを追記するようになったのだ。
当時ぼくは19歳。
まだ人生経験も浅く、個性も確立してない時期だった。
加えて思想的な背景もなく、人に誇れるようなことは何一つ持っていなかった。
そのため、内容はちぐはぐで、今読んでみると思わず赤面するようなことばかり書いている。

さて、そういう赤面日記を何に綴っていたのかというと、大学ノートである。
今、19歳から22歳まで綴った大学ノートが手元に何冊かある。
ところが、そのほとんどが、だいたいノートの半分くらいで終わっていて、あとは白紙になっている。
別に、あとで校正するために空けておいたわけではない。
ただ単に、飽きてしまったのだ。
再び書く意欲が起きてきた時には、心機一転、新しいノートを買って、また一から書き始めるのだ。
しかし、それもまた、半分くらい書いて飽きてしまう。
その4年間は、だいたいそういうことの繰り返しだった。
飽きてしまってから、再び書く意欲が起きるのは、だいたい半年くらいの時間を要した。
ノート半分書くのに、3ヶ月くらい要するから、4年間書いたとはいえ、実際は1年分の文章しか書いていない。

その後、就職してからは、日記を付ける頻度がぐっと減ってきた。
以前はノート半分で飽きていたのが、その頃になると、さらに酷くなった。
10ページばかり書くと、「もういいや」という気分になるのだ。
その時代もやはり詩が中心だったが、それ以前との大きな違いは、詩の内容が、色恋から、徐々にエッセイ的なものに変ってきたことだ。
そのためか、その時代の詩を読んでみると、その当時の出来事や考え方がよくわかる。
実は、先月末から書いていた『左遷』は、その頃の詩を参考にすることが多かった。
特にその頃の生きる姿勢が、詩によく現れているのだ。
とにかく、あいつらには負けたくない、という姿勢である。
しかも、珍しいことに、その時の日記は、ノート一冊、途切れることなく書いている。
その時期は、ぼくが左遷に遭った時から始まって、店長が左遷された時に終わっているのだ。
そのノートの最後に書いている詩が、『風』という詩である。

 『風』

 精一杯風でありましょうよ。
 吹きまくる風でありましょうよ。
 留まっては風じゃないでしょう?
 動けない風ならそこを飛び越えましょうよ。
 複雑に時は過ぎて行って。
 それは簡単に過ぎて行って。
 複雑そのままに過ぎて行って。
 風でありましょうよ。
 吹き過ぎましょうよ。
 精一杯ありましょうよ。
 留まっては風じゃないでしょう?
 飛び越えて行きましょうよ。

今でもこの詩を読むと、あの頃のことが思い出され、心にくるものがある。


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