ぼくが初めて自主的に日記をつけたのは、高校1年の時だった。 まあ、日記と言っても、その頃はオリジナル曲作りにや詩作に目覚めていた関係で、歌詞の書きだめといった様相のものだったが。 毎日必ず一つ作詞や詩作をしようと決めていたため、自ずと日記のようになってしまったわけである。
日記らしい文章を書き出したのは、それから3年後、予備校に通い出してからだった。 もちろん相変わらず作詞や詩作が中心だったのだが、その詞や詩の後に、その日あったことや考えたことを追記するようになったのだ。 当時ぼくは19歳。 まだ人生経験も浅く、個性も確立してない時期だった。 加えて思想的な背景もなく、人に誇れるようなことは何一つ持っていなかった。 そのため、内容はちぐはぐで、今読んでみると思わず赤面するようなことばかり書いている。
さて、そういう赤面日記を何に綴っていたのかというと、大学ノートである。 今、19歳から22歳まで綴った大学ノートが手元に何冊かある。 ところが、そのほとんどが、だいたいノートの半分くらいで終わっていて、あとは白紙になっている。 別に、あとで校正するために空けておいたわけではない。 ただ単に、飽きてしまったのだ。 再び書く意欲が起きてきた時には、心機一転、新しいノートを買って、また一から書き始めるのだ。 しかし、それもまた、半分くらい書いて飽きてしまう。 その4年間は、だいたいそういうことの繰り返しだった。 飽きてしまってから、再び書く意欲が起きるのは、だいたい半年くらいの時間を要した。 ノート半分書くのに、3ヶ月くらい要するから、4年間書いたとはいえ、実際は1年分の文章しか書いていない。
その後、就職してからは、日記を付ける頻度がぐっと減ってきた。 以前はノート半分で飽きていたのが、その頃になると、さらに酷くなった。 10ページばかり書くと、「もういいや」という気分になるのだ。 その時代もやはり詩が中心だったが、それ以前との大きな違いは、詩の内容が、色恋から、徐々にエッセイ的なものに変ってきたことだ。 そのためか、その時代の詩を読んでみると、その当時の出来事や考え方がよくわかる。 実は、先月末から書いていた『左遷』は、その頃の詩を参考にすることが多かった。 特にその頃の生きる姿勢が、詩によく現れているのだ。 とにかく、あいつらには負けたくない、という姿勢である。 しかも、珍しいことに、その時の日記は、ノート一冊、途切れることなく書いている。 その時期は、ぼくが左遷に遭った時から始まって、店長が左遷された時に終わっているのだ。 そのノートの最後に書いている詩が、『風』という詩である。
『風』
精一杯風でありましょうよ。 吹きまくる風でありましょうよ。 留まっては風じゃないでしょう? 動けない風ならそこを飛び越えましょうよ。 複雑に時は過ぎて行って。 それは簡単に過ぎて行って。 複雑そのままに過ぎて行って。 風でありましょうよ。 吹き過ぎましょうよ。 精一杯ありましょうよ。 留まっては風じゃないでしょう? 飛び越えて行きましょうよ。
今でもこの詩を読むと、あの頃のことが思い出され、心にくるものがある。
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