歯を抜いた日に、ぼくは忘年会に行った。 この時ばかりは、さすがのぼくもビール一杯しか飲まなかった。 別に抜歯後に飲むのはよくない、と思ったわけではない。 ビールに血の混じった味がおいしくなかったからである。 ビールだけではない。 あの日はけっこう豪勢な食事が出たのだが、それも受け付けなかった。 とはいえ、まったく食べなかったわけではない。 何切れかつまんだ刺身のおいしかったこと。 しかし、口を動かすと、また血が出てくる。 血が出てくると、おいしくなくなる。 それで箸が進まなかったわけだ。 しかし、さすがにそれだけでは持たないので、最後に出た雑炊は血が出るのを我慢して2杯食べたのだった。 解散の時には、「次の忘年会では、しこたま飲んで、しこたま食べてやる」と思ったものだった。
さて、次の忘年会であるが、どうやら今年はもうないようである。 例の同級会からは何も言ってこないし、嫁ブー家族との食事会もなさそうだ。 そういうことなので、今年の忘年会は、抜歯の日にやった一回っきりになりそうである。
こう書くと、「しんたの会社では、忘年会をやらないのか?」と疑問に思う方もおられるだろうから、お答えします。 「はい、やりません」 普通の会社(店)なら、忘年会は花見と同じく年中行事になっているだろうが、うちの店はなっていないのだ。 なぜやらないのかというと、理由は簡単で、主婦パートが多いため、夜はあまりうそうそ出来ない人が多いということと、男子従業員で飲める人が、ぼくを含めて二人しかいないということである。
世の中には「忘年会をやらないと、士気が上がらない」と言う御仁もいるが、うちの店に関してはそれはない。 「余計なことはしないほうがいい」という考えの人ばかりだ。 だから、余計なことはしないのだ。
忘年会が、たった一回っきり。 そういうことは、ぼくが20代30代の頃には考えられなかった。 11月に入ると、どこからともなく『忘年会』という声が聞こえ始め、11月末にはすでに2〜3回の忘年会は終わっていた。 12月に入ると、忘年会はいよいよ本格的になり、少なくとも週1回、多い時には週3回やることもあった。 しかも、その内容がすごかった。 何がすごいと言って、始まりの時間ほどすごいものはなかった。 だいたい午後10時、遅い時は11時から始まるのである。
午後10時11時といえば、繁華街にある店は、ラストオーダーをとっている時間である。 そのため、いつも行くのは、会社の近くにあるあまり有名でない店が多かった。 もっと早く出来ないのかという声も一部で上がったが、仕事の都合上、どうしても遅くなるのだ。 幹事は、店探しでかなり苦労したことだろう。
さて、そこでさんざん騒いで、さらに2次会3次会に行くのである。 ということは、解散になるのは、当然午前3時4時になってしまう。 ぼくの場合、そこでタクシーを拾って、30分以上かかる家に帰らなければならない。 あと3,4時間もすれば、またそこに戻ってこなければならないのだ。 それを考えると、帰るのが馬鹿らしくなってくる。 そこで、飲み屋やサウナで朝を迎えたことも何度かあった。
今考えると、あの頃はつくづくタフだったなあと思う。 今はというと、一次会で、もう充分なのだ。 というより、うんざりしている。 かつて一次会が終わるといつも言っていたセリフがある。 「次行こ、次」である。 もはや使うことがない。
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